南極で無線は「命綱」 基地の仲間と、地球の裏側とつながる声

 晴天の休日、外に出るとアンテナタワーに登っている人がいる。2020年8月15日、風が冷たい。「修理ですか?」と声をかけると、「そうだよ」と山本貴士さん。オーロラ観測を担当し、HFアンテナを点検する姿はよく見かけるが、今、作業しているのは居住棟前に立つアマチュア無線用アンテナだ。

 61次越冬隊には2人の無線のプロがいる。山本さんと通信隊員の氏家宏之さんだ。無線は観測隊にとって欠かせない通信手段だ。

 1957年1月、昭和基地を建て、食料や燃料を輸送した1次隊が越冬できるか否か、最後の条件は日本との通信の確保だった。当時29歳の朝日新聞の通信士・作間敏夫さんにゆだねられた。なかなかつながらない。「このまま帰国できない。もう1回だけ」と銚子無線局にモールス信号を打った。すると「感度良好!」と返ってきた。越冬が決まった瞬間だった。

 大先輩の夢と不安、そして勇…

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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