間をおいて、裁判長が聞いた。「もう一度、お尋ねします。名前は何ですか」。車いすに乗った被告は前を向いたまま無言だった。富山市で2018年、交番の警察官が拳銃を奪われ、2人が殺害された事件の初公判でのことだ。この日、被告は一言も発しなかった。以来、傍聴席で被告の言葉を待った。
被告の名前は島津慧大(けいた)(24)。2018年6月26日、富山市の交番で警察官(当時46)をおのとナイフで殺害後、奪った拳銃で近くの小学校付近にいた警備員を射殺したなどとして、強盗殺人や公務執行妨害など六つの罪で起訴された。
1月14日、富山地裁であった初公判の法廷。車いすに乗った被告が現れた。逮捕時に撃たれ、下半身に障害が残る。上下黒のスーツ姿で伸びた髪を後ろで結び、細い黒縁のメガネをかけていた。白いマスクを着け、色白の顔の表情は読みとりにくい。
車いすで証言台に進んだ被告に、裁判長は本人かどうかの確認をした。
「名前は何と言いますか」
被告は両手をひざの上に置き、前を向いたまま何も答えない。
裁判長「聞こえていますか」「もう一度お尋ねします。名前は何ですか」。生年月日、住所、本籍地、職業。質問を重ねても、被告は無言だった。
裁判長「検察官、被告人で間違いないですか」
検察官「間違いありません」
裁判長「弁護人、被告人で間違いないですか」
弁護人「間違いありません」
裁判長「訴訟関係人に確認できたので、審理を始めます」
起訴状が読み上げられ、起訴内容に違うところがないかと裁判長に聞かれても、被告は無言だった。
傍聴席の記者たちが次々と法廷を出た。「黙秘だと思います。ただ『黙秘します』とも言ってません」「何も話しません」。携帯電話に吹き込んだ。
判決や母親の法廷証言などによれば、被告は幼いころから人間関係を築くのが苦手だった。いじめにも遭い、机に「死ね」と書かれたこともあった。「死にたい」。母親の前で泣き、中学2年で不登校になった。家族に暴力を振るうこともあり、家族は一時、被告と別居した。
母親は精神科の病院で診察を受けさせた。診断は出なかった。ひきこもりの相談会や自立支援施設も訪れたが、適切な支援にいきつかなかった。
母親は「あきらめず病院を回ったらどうなったかなと。やりようがあったのにできなかった。申し訳ない」と法廷で泣いた。
被告は17歳の春、自衛隊の募集案内に興味を持ち、父親に教わりながら勉強をした。合格すると、入隊前に過去の暴力を謝り、初めての給料で両親に食事をごちそうした。
■除隊…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル