村山斉の時空自在
宇宙の物質の8割以上は原子ではない。暗黒物質(ダークマター)と呼ばれているが、正体はまだ謎だ。実はこの正体不明の物質が最近、私たちのお母さんだとわかってきた。
私たちの太陽系は天の川銀河の中心から約2万8千光年も離れていて、銀河の中心の周りを「公転」している。そのスピードはなんと秒速220キロ! なのにどうして銀河系から飛び出さないのか。望遠鏡で見える星からの重力だけではとても太陽系をつなぎとめられない。何か見えない(暗黒)重力のもと(物質)が必要だ。
遠くの銀河からくる光は、手前のダークマターの重力で曲げられるので、銀河の形がひずんで見える。いわばダークマターはいたずらをしているので、その現場を押さえると、どこにどれだけいたずら者がいるかわかる。私たちのチームは昨年、すばる望遠鏡の大規模な観測で、ダークマターの世界最大の3次元地図を発表した。
生まれたての宇宙はどこも一様にのっぺらぼうの無表情で、密度にほとんど濃淡がなかったことが観測でわかっている。しかし、10万分の1というわずかなむらがあった。ダークマターがちょっと濃いところは、その重力で周りのダークマターを引き寄せ、さらに重力が強くなってくる。そこに普通の原子が引き寄せられると、原子同士は反応して光を出し、冷えて固まり星や銀河になった。ダークマターは星や私たちを作ってくれたお母さんなのだ。ダークマターと銀河の地図を比べてみると、このことがよくわかる。
しかし、ダークマターにはまだ会えてない。姿の見えないお母さんだ。ぜひ探してお礼を言いたい。暗い星やブラックホールではないことがほぼはっきりしたので、未知の素粒子と考えている。私たちは今懸命に母をたずねる研究を続けている。
◆村山斉
むらやま・ひとし 1964年生まれ。専門は素粒子物理学。カリフォルニア大バークリー校教授。初代の東京大カブリ数物連携宇宙研究機構長を務めた。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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