深刻化する孤独死の現状を様々な視点で取り上げる「あなたは誰ですか ルポ孤独死」。現場で取材した記者が、その思いをつづりました。
あなたは誰ですか ルポ孤独死〈取材後記〉
静まりかえったアパートの一室で、捜査員が遺体を慣れた手つきでそっと袋に納め、人目に触れぬよう運び出す。この間、ほかの部屋のドアは開く気配がない。ドアのすりガラスには人影が映る。住人らは何も見ないようにと室内にとどまっているようだった。
事件や事故の現場の騒々しさがここにはない。孤独死の現場で醸し出される静けさが、見てはならぬ、口外してはならぬと命じているように思えた。緊張した。声がうわずった。ノートに記す文字がいつになく乱れた。それでも現実を見届けたかった。いまこの社会で、一体何が起きているのか――。
昼夜を問わず、事件や事故の発生情報がもたらされる大阪府警本部内の記者クラブ。記者が所属していた2年あまりの間でも、さまざまな「人の死」を伝える発表があった。
だが孤独死の大半は、記事になることはない。「孤独死の増加」が既知の情報となっている一方、それまで現場に行かなかった記者には現実感もなく、それがゆえに身近にあったはずの「死」を考えてこなかった。記者自身が、「すりガラスの向こう」にいた。
「大変なことになってる」というある大阪府警の検視官の言葉をきっかけに取材を始めた。1年半をかけ、いくつもの現場を訪ね歩いた。
遺体が横たわったままの部屋、霊安室、葬儀場、納骨堂……。それらは立ち入れない「タブー」の場所と思っていた。だがタブーにしていたのはむしろこちら側だったことに気付かされる。「孤独死の深刻さを伝えてもらえるなら」と関係者の多くが取材を許してくれた。
忘れられないのは、とある斎場で引き取り手を待ち続ける遺骨の保管室で見た光景だ。火葬場の脇にその部屋が設けられていた。保管棚はすでにいっぱい。「こんな状態です」と斎場の職員が指さす事務机にも、乳白色の骨つぼに入った遺骨が積み上がっていた。この机で骨つぼに囲まれながら事務作業をしているという。
人それぞれに死生観は異なり、孤独死をどうとらえるか、答えは一つではない。しかし、増える一方の孤独死への対応で疲弊している現場がすでに出てきている。この現実をどう受け止めるか。決して見て見ぬふりではすまされない。
〈長谷川健〉 2011年入社。横浜、岡山総局、東京デジタル編集部を経て16年5月から大阪社会部。17年1月から約2年半、大阪府警捜査1課を担当した。32歳。
孤独死の処方箋、まずは「会話」から
忘れられない言葉がある。
「一人で亡くなり、亡くなった後も、ずっと一人。誰にも見つけてもらえず、家にいるんです。中には何カ月も、何年も……」
遺体発見現場を取材した後、大阪府警の検視官が、そう話した。家族や親戚、友人、職場の仲間。あらゆる人と関わり、対話を重ねて生きてきても、誰にもみとられずに最期を迎える。どうして、こんなことが起きるのか。そう思った。
朝日新聞の2018年の世論調査を調べてみた。高齢で一人暮らしになった場合、9割以上が生活に不安を感じると答え、44%が老後に家族は「あまり頼りにならない」と回答している。核家族化で家族の縁は薄れ、自分のことを知る人も自分が知る人も年を重ねるごとに限られていく。記者自身もそうだ。親と離れて生活し、近隣との付き合いもほぼない。しかしそのような人は珍しいわけでもなく、その先に孤独死があるのなら、それは社会の「日常」だ。
人々の危機感は高い。前述の世論調査では、半数が自分の孤独死を「心配」と回答。内閣府が14年、一人暮らしの高齢者に実施した調査では「孤独死を身近に感じるか」という問いに、44%が「感じる」と答えた。さらにこの調査では、周囲との会話の頻度によって、その割合が増えるという結果が出た。毎日会話する人で孤独死を身近に感じる人は38%、「1週間に1~3回」は49%、「1カ月に1、2回」は63%となっている。
1年半の取材を経て、孤独死の処方箋(せん)になり得るものは、「会話」だと感じている。ある検視官は、取材現場でこう思ったという。「家族がいるなら、電話だけでもしてあげれば、こんなふうにならなかったのに」
家族の日常会話、お隣さんとのおしゃべり、町内会や小さなコミュニティーへの参加。会話をすることで、何かが変わるのかもしれない。今回の記事を通じて、一番近くにいる人との会話や、関係性を見つめ直す機会が少しでも生まれてほしい。そう願い、これからも取材を続けていく。
〈光墨祥吾〉 2013年入社。西部報道センター、北海道報道センターを経て、17年春から大阪社会部。18年春から大阪府警捜査1課担当。28歳。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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