村山斉の時空自在
金を作りたい! 古代から多くの人がこの夢に取りつかれ、実験を重ねてきた。ニュートンも晩年は錬金術にはまり、遺髪からは大量の水銀毒が見つかっている。だが他の物質から金を作ることに成功した人はいない。
しかし地球上に金があるということは、ビッグバン以来、宇宙のどこかで、いつか金が作られたはずだ。
私たちの体を作る元素の9割以上は、星の中で組み立てられて超新星爆発でばらまかれた。私たちは「星のかけら」である。ところが、星の中で小さな原子を押し付けて作れるのは鉄まで。電気の反発力が大きくなり、その先は反応が進まないのだ。では貴金属の金、銀、プラチナや、人体に大事なヨウ素はどこから来たのか?
2017年、ついにその現場が見つかった。「重力波」を使う新しい望遠鏡のおかげだ。
超新星爆発後に残る燃えかすの芯は中性子星と呼ばれ、太陽の重さを半径10キロに押し込めた超高密度の星だ。スプーン1杯で10億トンにもなる。
中性子星はあまりに高密度のため、強い重力で周りの空間をトランポリンの膜のようにゆがめる。二つの中性子星が互いの周りを回る「連星」は、ぐるぐる回りながら空間をゆがめるので、空間を揺らす重力波という波を出す。それでエネルギーを失いながらどんどん接近し、最後に合体する。
この重力波が私たちに届く時の空間のゆがみは、地球の直径が原子核1個分だけ伸び縮みする程度だが、そのわずかな変化を観測できた。波が来た方向を望遠鏡で見ると、星が爆発して徐々に長い波長の光を出しながら消えていた。光を分析すると、重い元素が生まれて特定の波長を吸収している証拠を発見した。そこで金も誕生した。
ここが宇宙の錬金術師の仕事場だ。できた金は膨大で地球10個分もある。
◆村山斉
むらやま・ひとし 1964年生まれ。専門は素粒子物理学。カリフォルニア大バークリー校教授。初代の東京大カブリ数物連携宇宙研究機構長を務めた。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル