宇宙空間にぎっしりつまるヒッグス粒子 ポッと現れる

村山斉の時空自在〈17〉

 私たちはどこから来たのか。今まで、私たちをつくる原子が星から来たこと、星や銀河は138億年前の宇宙創生期に父なるインフレーションがまいたたね(わずかなでこぼこ)を母なる暗黒物質が育てて生まれたこと、そして原子の材料を完全消滅から救ったヒーローが素粒子ニュートリノかもしれないと書いてきた。

 だが、これだけそろってもまだ私たちは生まれない。最後の重要なプレーヤーがヒッグス粒子だ。何もないように見える真空の宇宙空間に、ぎっしり詰まっている。

 宇宙空間に詰まったヒッグス粒子がなくなると、私たちの体は10億分の1秒でバラバラになってしまう。体をつくる原子の中でゆるゆる回っている電子が飛び出してしまうのだ。私たちだけではない。地球も太陽もバラバラになってしまう。そうならないように、どんなものもきちんと押さえ込んでいるのがヒッグス粒子なのだ。

 私たちは周りに空気があるおかげで生きているが、あまりに当たり前で日頃は気にもしない。見えない、味もしない、聞こえない、臭わない。風が当たると何かあるかと感じるくらいだ。だがもし空気がなくなると気圧で押さえ込んでくれないので、風船はどんどん膨らんでポンッと破裂してしまう。

 ヒッグス粒子も同じだ。こんな大事な働きをしているのに、私たちは気づかずに生きている。言葉を聞いたことがない人も多いだろう。あまりにぎちぎちに詰まっていて、これまでの人間の力では全く動かなかった。

 2012年、初めてヒッグス粒子に会えた。世紀の大発見だ。欧州の巨大加速器LHCで高いエネルギーの陽子を衝突させると、真空をガンッとハンマーで叩(たた)くようなもので、ヒッグス粒子がポッと現れたのだ。

◆村山斉

 むらやま・ひとし 1964年生まれ。専門は素粒子物理学。カリフォルニア大バークリー校教授。初代の東京大カブリ数物連携宇宙研究機構長を務めた。


Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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