職場での「無視」が始まったのは2021年5月の連休明け。非常勤職員として公民館に勤め始めて1カ月が経ったころだった。
女性(47)は東日本の海辺の市で、公募していた会計年度任用の公民館主事の試験を受け、21年度に採用された。以前から、地域に関わる仕事を希望していた。同僚は女性館長と1年先輩の非常勤の女性主事、定年後再雇用の男性の3人だけだった。
仕事を始めて間もなく、公民館の講座案内などの文章を書いた。主事は細かなチェックを入れ、何度も書き直させた。仕事が進まなくなった。主事はパソコンをたたきながら、「このパソコンがバカなのか?」と言った。思わず「そんなわけないじゃないですか。私にバカだと言っているんですか?」と聞き返した。それが口答えと受け取られた。
以後、主事は女性と口をきかなくなり、存在を無視するようになった。公民館勤務が初めてで主事を頼りにしていた館長も同調した。業務連絡が来なくなり、主な行事の連絡網からも外された。企画立案などの仕事から遠ざけられ、重い会議机を裏返して備品の管理番号を調べたり、消費期限切れの非常食を分別して廃棄したりなどのきつい仕事を一人でするように命じられた。一方で、2人は電話や窓口での応対を監視した。常に緊張を強いられた。
公務員の人減らしに伴って増えた非正規の公務員は有期雇用で、身分が不安定。その多くが女性です。官が生み出しているワーキングプアについて考えていきます。
「誰にも助けてもらえない」
館長からは「仕事について聞けるのは、着任してから1カ月までだから」と何度も言われていた。無視が始まって以降は、わからないことがあっても聞けなくなった。
市役所からの来客があると、館長は女性に聞こえるように「私はパワハラ保険に入っているから、非常勤から訴えられても大丈夫だ」と言った。そんな保険はないはずだと思ったが、「誰にも助けてもらえないのだ」と絶望感が募った。
秋ごろには不眠や不安などの症状が出て、通院するようになった。同僚と話す必要があっても、怖くて目をそらしがちになった。すると館長から「話す時、人の目を見ないね」と指摘された。
職場での様子をメモに残し、労組や労働局に相談したが、動いてはくれなかった。1年がまんしたら異動になる、と念じながら耐えた。でも、翌年2月、公民館を担当する市役所の課長は、女性に告げた。「任期を更新しません。館長からの評価で決めました」。課長には何度も職場の状況について相談していたが、女性にヒアリングすることはなかった。
女性は今、国の出先機関で非常勤職員として働く。最初の半年は「またいじめられるのではないか?」と不安だったが、業務も人付き合いも問題なくできている。でも、今でもふとした弾みに公民館時代を思い出し、苦しくて涙が出る。
市は新たな非常勤職員を公募した。女性は「非正規公務員には、命綱的なものが何もない。評価者の一存で簡単に首を切られるなんて……」
3年前、非常勤職員を対象に会計年度任用の制度が導入された。労働契約が単年度更新となり、多くの自治体が3年を上限とする有期雇用とした。
給料は正職員の4分の1「やりがい搾取だ」
15年以上前から東北の市の教育委員会や公民館で、非常勤で働く50代の女性もその一人。この春、市は非常勤職員を一斉解雇し、新たに公募した。女性も公募試験を受けた。
東日本大震災後、人の出入りが多い地区で、公民館を拠点にした新たなコミュニティーづくりに奮闘してきた。だが、待遇は低く据え置かれた。週29時間のパート扱い。昇給はほとんどなく、年収は230万円。手取りだと150万円程度にしかならず、民間団体とのダブルワークが欠かせない。
数年前、公民館職員には専門職の知識が必要だと感じ、社会教育主事の資格を取りたいと上司に申請した。正職員からは応募がなかったにもかかわらず、「非常勤に資格取得のための予算は使えない」という理由で却下された。休日に独学で社会教育に必要なスキルを学んだ。
教育委員会に在籍中は公民館職員の研修企画を担当し、「発達障害」などをテーマに新聞記事を読み、深掘りする講座を企画した。職員らは真剣に学び合い、地域の見えづらい課題を見いだす力をつけていった。だが、上司から「税金は一人でも多くの人のために使うもの。マイノリティーのことを取り上げるのはやめて」と言われ、この講座はなくなった。
公民館の仕事は面白い。やればやるほど地域が変わっていく。専門職として誇りを持って働いている。でも、雇用は不安定だ。突然解雇されても抗弁できない。「地域の課題が見えてくるのに3年かかる。そのタイミングで公募のふるいにかけられる。モチベーションが下がってしまう」
正職員の4分の1の給料で、専門知識を持たない正職員を非正規職員が育てている状況は、率直におかしいし、「やりがい搾取だ」とも感じている。(阿久沢悦子)
増えた非正規公務員、4分の3が女性
1990年代半ば以降、公務員定数の削減が進んだ。自治労の調査では、94年に過去最多の328万人だった定数内公務員は2016年には274万人まで減った。減員を補うように、定数外の職員は23万人から64万人へと約3倍に増えた。事務職員や教員、保育士、図書館職員が非正規に置き換わった。
保育士や看護師、図書館職員、給食調理員などはもともと女性が多い。女性や子どもに関する相談業務も、資格が必要な専門職にもかかわらず、夫の「扶養の範囲内」で非正規の女性が担うケースが多かった。
こうした背景が重なり、2020年の総務省の調査では非正規公務員の4分の3を女性が占めた。
公務員の男女の賃金格差は男性を100とした場合に女性は89と、民間より小さいが、正規と非正規の格差は2倍強と大きい。女性が大半を占める非正規公務員の「官製ワーキングプア」とは、すなわち女性の労働問題ともいえる。
「公から真っ当な雇用を」
国は待遇改善に向け、17年に法改正し、臨時職員、特別非常勤、一般非常勤とまちまちだった非正規公務員を、年度ごとに労働契約を結ぶ「会計年度任用職員」に統一し、賞与が出せるようにした。
20年に運用が開始されたが、時給を下げたり、パート扱いにしたりした自治体も多く、収入増にはつながっていない。また、「契約更新は2回まで、3回目は公募」などの条件が付けられ、かえって雇用の先行きが不安定になったとの指摘もある。
非正規公務員として働いた経験が長い埼玉大ダイバーシティ推進センターの瀬山紀子准教授は「女性は経済的自立が必要ないと思われ、低賃金で非正規公務員の職を担わされてきた。これは構造的な問題だ」と指摘する。
瀬山准教授がかかわった公務非正規女性全国ネットワーク(はむねっと)の22年のアンケートでは、有効回答705件のうち、女性が92%を占め、年齢も50代が38%、40代が25%を占めた。21年の就労収入は250万円未満が79%に上り、100万円未満も23%いた。
本来はジェンダー格差を解消する旗振り役である自治体が、格差を作り出している。立教大の上林陽治・特任教授は、非正規を正規化し、女性公務員を増やすことを提唱する。「公から真っ当な雇用をつくっていかないと、最終的に困るのは住民。男女平等社会の実現のためにも、今こそ政策転換をするべきです」(阿久沢悦子)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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