瓶ビールに、焼き鳥盛り合わせと肉豆腐。しかも金曜の夜。お膳立ては万全なのに、酔える気がしなかった。
11月下旬の午後6時過ぎ。JR新橋駅の高架下にある居酒屋で、茶木哲(ちゃきさとし)さん(60)は、長男の桃二(ももじ)さん(27)とテラス席に座っていた。桃二さんがグラスにビールを注ぐ。
「おやじ、お疲れさまです」
「おお、ありがとう」
この日、哲さんは26年勤めたスポーツ新聞社で、定年式を迎えた。新型コロナで慰労会もない。そんな父を息子が誘い、ささやかな宴席を開いてくれた。
とはいえ、2人きりで飲むのは7年ぶりだった。いざ向き合うと、何から話せばいいか分からない。
「焼き鳥、レモンかけていいか」
「うん」
話が途切れては、キュウリにみそを付けたり、スマホをいじったり。沈黙をかき消す頭上のレール音を、このときほどありがたく感じたことはなかった。
思えば、目の前にいる息子のことを、よく知らないままだった。
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル