宝塚問題、報告書に専門家「不自然との疑念拭えず」

 宝塚歌劇団兵庫県宝塚市)の劇団員の女性が今年9月30日に亡くなった問題では、亡くなった経緯や原因を外部の弁護士が調べてまとめた「調査報告書」に対して、遺族や識者などから疑問の声が出ています。どんな疑問点があるのか、企業不祥事に詳しい遠藤元一弁護士に聞きました。

 ――歌劇団が公表した「調査報告書(概要版)」をどう評価しますか。

 「さまざまな点で問題がある。そもそも、調査範囲が限定されている印象だ」

 ――どういう意味でしょうか。

 「弁護士らが企業不祥事を調査するときに指針となる『企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン』(日本弁護士連合会作成)には〈事実関係にとどまらず、不祥事の経緯、動機、背景及び類似案件の存否、不祥事を生じさせた内部統制コンプライアンス、ガバナンス上の問題点、企業風土等〉とある。問題の表層的な部分だけを調査するのではなく、背景にさかのぼって問題の真因に迫ることが重要だ」

 ――ほかにはどうでしょうか。

 「(公表された)報告書は概要版で、調査期間は約40日と短い。調査対象が70人以上いる割には短すぎる感じがする。2~3カ月をかけてじっくり調査するべきだ。調査員には弁護士だけでなく、日弁連ガイドラインにもある通り、学識経験者やジャーナリストなども加えるべきだ」

 ――調査手法のほかは、どうでしょうか。

 「劇団員へのヒアリングで、亡くなった劇団員が〈いじめられていたとする供述はなかった〉ことを理由に〈いじめていたとは認定できない〉との結論に導いている。これらを読むと、事実認定の仕方が不自然との疑義を払拭(ふっしょく)できない」

 「遺族は『いじめ』の理由の一つに、新人公演の髪飾りの修正を公演直前にAから言われたことを挙げている。しかし、報告書は〈髪飾りやかつらの最終的な調整は公演直前になることが通常〉として、Aの行動が〈いじめ目的であったとは言い難い〉としているが、論理的でない。公演直前が常なら、なぜ、いじめではないといえるのかがわかりにくい。報告書は最終的にはいじめを否定し、ハラスメントについては〈確認できなかった〉とした。全体として、いじめやハラスメントの問題を小さく見せようという意図があると疑われても仕方がないと思う」

 「捜査機関や裁判所と違い、証拠を十分に収集できるとは限らないので、証拠に基づく厳密な事実認定は期待できない。でも、弁護士は事実関係の調査、認定などに習熟したプロなので、『かなり疑われる』とか、『疑いは払拭(ふっしょく)できない』など、真実に迫るための書きようはある。この報告書ではそのような書きぶりが見られないのが不可解だ」

 ――宝塚歌劇団を運営する阪急電鉄の親会社は阪急阪神ホールディングス(HD)だが、報告書はその責任に触れていない。

 「まさにそこが問題だ。阪急阪神HDの取締役には会社法で善管注意義務が課せられ、内部統制のシステムの構築やグループで起きた問題の原因究明に向けた調査と再発防止が求められる。ところが、報告書には親会社の管理体制に触れる記述が全くない」

 ――なぜ、でしょう。

 「『タカラヅカ』の聖域化が影響しているかもしれないが、阪急阪神HDのほうに責任が向かないようにするためにそうしたと疑われても仕方がないと思う」

 ――「聖域化」と言ったが、プロの世界だからこそ、問題が見えにくいのでは。

 「旧ジャニーズ事務所(SMILE―UP.)の問題の構図と似ている。米国の研究者が唱えた〈不正のトライアングル〉という理論がある。不正に至るメカニズムを解明したもので〈動機、機会、正当化〉の3要素がそろうと、不正が起きやすいとするものだ。タカラヅカの世界はそれに当てはまりやすい環境にある。先輩、後輩、厳しいライバル関係という〈動機〉、閉ざされた世界で物事が進みやすい〈機会〉、プロなんだから当たり前、という〈正当化〉がそれにあたる。根本原因を突き止めないと、実効のある再発防止策をつくるのは困難。真に独立した立場の第三者委員会を改めて立ち上げ、調査をしっかり進めるべきだろう」

 遠藤元一(えんどう・もとかず) 静岡市出身。1992年弁護士登録。東京霞ケ関法律事務所。ガバナンスに関心のある研究者や職業的専門家でつくる「日本ガバナンス研究学会」理事や上場企業(スタンダード市場)の監査等委員を務める。専門は企業の不祥事や危機管理、ガバナンスなど。(聞き手・松田史朗)

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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