湿原と木道がどこまでも続く。小さな池が幾つも点在し、きらめく。
群馬、福島、新潟3県にまたがる尾瀬の代表的な風景で、昔から空撮の定番でもあった。1963年のカラー写真は、盛夏の尾瀬ケ原をハイカーが歩く姿を上空から撮っている。
丸太を設置したのが始まり
尾瀬の木道は、群馬県の資料などによると、歩きやすさを求めて、湿原のぬかるみに丸太を設置したのが始まりとされる。尾瀬ブームで人々が押し寄せ始めた1952年ごろには本格化していったという。今年で本格的に設置が始まって70年ほどになる。
湿原の踏み荒らしが問題になると、こんどは自然を守るために延びていった。その延長は約60キロに及ぶ。
湿原に限らず、「花の山」として知られる至仏山(しぶつさん、標高2228メートル)の山中などにも続く。木道は環境省、群馬県、福島県、尾瀬に土地を所有する東京電力といった関係機関がそれぞれ設置している。
木道は1枚が長さ4メートル×幅50センチほどで、それをつなげていく。双方向で歩けるように、地形上の制約などを除いて、並行して2本の木道を並べていく「複線」となっている。歩く場合は右側通行がルールだ。
尾瀬は豪雪地帯にあるため…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル