本格的な春の訪れを前に、仙石原(神奈川県)や阿蘇(熊本県)など各地で見られる山焼きや野焼き。生態の維持など目的は様々だが、観光行事として知られるものも多い。支えているのが、「火を付ける消防団」だ。
1月28日夜、世界遺産の春日山原始林に接し、近くに東大寺などの歴史的建造物が多くある奈良市の若草山(標高342メートル)で、山焼きが3年ぶりに通常開催された。江戸時代末期から続くとされ、観光客も多く訪れる伝統行事に同行した。
午後5時。強い雪が、鹿が遊ぶ山麓(さんろく)を真っ白に染めていく。「あいにくの天候ですが、山に火を付けて行事を行う。足元が悪いので無理のないように」。消防や県の職員と共に整列した、はっぴや制服姿の団員約300人を前に、奈良市消防団の中室貞浩団長(64)があいさつした。
中室さんが入団した45年前、消防団はすでに山焼きに参加していたが、正確な記録はないという。「火を付ける珍しい消防団です。責任をもって消して帰ってこい、とよく言っています」
雪が降る中、山に登った消防団員たち。いつもと違う状況に戸惑いながらも、火を付けようと奮闘します。地元で生まれ育った記者も初めて見た光景を紹介します。
湿る草に「消すもんもないわ」
午後6時前、急な階段や斜面を登った団員らは、山中の16カ所に分かれ、配置に就いた。ぬかるんだ山肌に雪が積もり、滑る。足を広げないと立っていられない。
午後6時半、ラッパ隊の団員によるラッパの音を合図に、ススキやヨモギなどの枯れ草に団員がたいまつの火を移し始め、山肌にぽつぽつと炎がともった。「去年はパッとついて、見ているだけやったのに」。雪でぬれた草に火を添えても、いっこうに燃え移らない。水蒸気のような白い煙に巻かれ、団員がぼやく。
午後7時すぎ、「階段に凍結あり」「点火できないので下山開始する」。消防職員らの厳しいやり取りが聞こえてくる。「こんなん記憶にないわ。2年前は雨やったけど、それよりあかん。消すもんもないわ」。水が入った袋を背負い、消火のため待機する団員も手持ちぶさただ。
午後7時半、作業を終えた団員が分団ごとに下山し、人数を報告して解散した。8時前には、消火を確認した最後の分団が下山。雪の影響で、山肌の約1割を焼くのにとどまった。
見届けた中室さんは「悔しい。もっとしっかり焼きたかったね。こんな天気でも期待して待ってくれたお客さんに申し訳ない」。それでも、最後まで見守った観光客からは拍手が送られた。県によると、約17万人が奈良公園などで観覧した。
高齢化、人員確保が課題
消防団員は本業を持つ傍ら、自宅や職場から火災現場に駆けつけるなど、地域防災を担う。しかし、少子化やサラリーマン家庭の増加などで、全国的に年々減少。奈良市でも定数1030人の約1割が欠員で、平均年齢は45歳と高齢化が進む。
「山焼きは寒くて暗い中、山を登り、危険も伴う任務だが、団員は進んで参加してくれる。伝統行事への参加は市民として誇り。続けるためにも、若い人に加わって欲しい」(林敏行)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル