太平洋戦争時の旧日本軍機が沈む種子島沖(鹿児島県西之表市)で遺骨収集にあたっていた調査団は26日、作業を終了したと発表した。海に沈んだ旧日本軍機の引き揚げを伴う収集作業は初めてだったが、遺骨は見つからなかった。
機体は旧海軍の「九七式艦上攻撃機」(九七艦攻)とみられ、島の北端から約300メートル沖合に沈んでいた。
国の委託を受けた日本戦没者遺骨収集推進協会の調査団は、15日に海中の確認作業を開始。23~24日に海底から機体を引き揚げ、周辺の砂を含めて調べた。遺骨は確認できなかったが、機体の中や周辺から鉛筆とペンチのようなものが発見された。記名などがなく、所持者の特定につながる情報はなかった。
同協会長の尾辻秀久参院議員は「今回の調査を通じて、海中の収骨は困難な作業だが、あきらめず継続してやらなければいけないと感じた。主翼など形を崩さずに引き揚げることができた。鉛筆を見ると涙がこぼれる」と話した。
引き揚げられた機体は大分県宇佐市が取得し、市の平和資料館で公開する予定。
終戦から76年となる今も、かつての戦場や海に多くの遺骨が眠っています。今回の機体の一部が初めて引き揚げられたのは、ちょうど「沖縄慰霊の日」でした。取材した記者は「遺骨の尊厳」を改めて考えました。
旧日本軍機の一部が引き揚げ…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル