造幣局(大阪市北区)で13日、3年ぶりに始まった「桜の通り抜け」。会場で土産物として親しまれてきた「造幣せんべい」の製造元「亀井堂総本店」(神戸市中央区)の会長、松井泉美さん(65)には、忘れられない記憶がある。今はコロナ禍からの再興を願い、桜に希望を見いだしている。
1967年、当時10歳だった松井さんは母に手をひかれ、住んでいた兵庫県西宮市から夜桜を見に造幣局を訪れた。会場は大混雑。気づけば、まだ桜も見えない門の手前で大人たちに挟まれ、体が宙に浮いていた。息ができない――。恐怖の中、周りの人たちが押し上げてくれ、助かった。
当時の新聞記事によると約20万人が殺到した。けがはなかったが、人混みが怖くなった。「もう二度と行きたくない」。そう思っていた通り抜け会場で、せんべいを売ることになるとは思いもよらなかった。
84年、瓦せんべいで有名な…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル