「遊びに行くなら屋内より屋外を選ぶ」「料理に集中、おしゃべりは控えめに」――。新型コロナウイルスの感染予防対策として、政府が提示した「新しい生活様式」に沿った呼びかけを、街のあちこちで聞くようになった。感染抑止のためなのだから仕方がない。ポストコロナの新生活を始めよう。そんな受け止め方が広がる今の社会の空気について、戦時下文化を研究する大塚英志さん(61)に聞いた。
――大塚さんは「新しい生活様式」が、戦時下の光景と重なると指摘しています。どこが重なるのですか。
「何より、『日常』や『生活』という用語の氾濫(はんらん)ですよ。『日常』や『生活』は、戦時下に盛んに用いられた戦時用語なんですよ。例えば、日米開戦前後を境に新聞や雑誌にあふれるようになった記事が『日常』や『生活』に関するものでした。季節ごとの家庭菜園の野菜を使ってつくる『漬けもの暦』や、古くなった着物でふすまを飾る事例の紹介など、今では『ていねいな暮らし』とでも呼ばれそうなものが、競うように掲載されたのです。
戦後「暮(くら)しの手帖」の編集長となる花森安治は、当時は大政翼賛会で政治宣伝を担いつつ、並行して『くらし』をテーマにした婦人雑誌を何冊も編集しました。古い着物を再利用してふすまを張り替えようという記事は花森が翼賛会時代に編集したものです」
――手作りや時間をかけてつくった料理など「ていねいな暮らし」を大切にしよう、というのは、「すてきなこと」に見えますが。
「一つひとつは、否定しようのない『すてきなこと』に見えます。しかしその目的はあくまで『戦時体制をつくる』ことです。タテマエは節約や工夫によって、物資不足に備えることですが、目的は人々に戦時体制という「新しい日常」に順化させることです。それを強力に推進したのが、大政翼賛会でした。『新生活体制』として、『日常』のつくり替えを説いたのです。『生活』や『日常』は、非政治的に見えて政治的なのです。軍国色がないから、政治的な批判もしにくい。しかし『生活新体制運動』は『生活』という基盤から、社会を戦時体制につくり替え、統制に人々を動員する、まさに政治的役割を果たしました」
「『新しい生活様式』という言葉を聞いた時、僕はこの『新生活体制』を思い出し、とても不快でした。それは、言葉の上の類似だけでなく、日々報じられたニュースが奇妙に重なり合うからです。ホームセンターの家庭菜園コーナーが人気になったというニュースがありましたが、戦時下、奨励されたのは家庭菜園でした。東京都が断捨離の動画を配信しましたが、戦時中は不用品の整理を説く自治体もありました。あげればきりがありません。図書館によっては当時の新聞記事が検索できるサービスがありますから、自分の目で確かめてください」
――「ていねいな暮らし」自体は、悪いことではありません。
「一つ一つのいい、悪い、が問…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル