施行から73年が経った日本国憲法は、主権者である国民に、表現の自由を保障し、戦争放棄をうたっている。悩みながら、踏み出す人たちが、北海道にもいる。暮らしの中での憲法の生かし方とは――。
道警ヤジ排除問題 「表現の自由」大切さかみしめ
札幌市のソーシャルワーカー(精神保健福祉士)の男性(32)は2日、JR札幌駅南口に立った。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛で閑散とした駅前広場。10カ月前の昨年7月15日、ここは群衆で埋まっていた。
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その中にいた男性から道を挟んで20メートルほどに止まった選挙カー。その上に安倍晋三首相が姿を現した。歓声が上がり、日の丸の旗や「安倍首相を支持します」と書かれたプラカードが一斉に振られた。
安倍首相が演説を始めて間もなく。「安倍やめろ」。男性が大声で叫んだ。その瞬間、男たちに体をつかまれ、後方に押しやられた。警察官だった。何が起きたのか、すぐにはのみ込めなかった。そして、もう一度叫んだ。「これが民主主義か」。群衆の冷めた視線を感じた。
その光景を後ろからみていた女性(24)は、その男性が大学の先輩だったことに気づいた。女性も勇気を振り絞って声を上げていた。「増税反対」。同じように警察官に排除された。
〈日本国憲法第21条〉集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
ヤジが上品とは言えないということぐらい、2人にはわかっていた。それでも声を上げたのには、わけがある。
男性は北海道大を卒業し、生活困窮者を支援するNPO法人でホームレスや無職の人、障害者らの相談に乗っている。役所に一緒に行き、支援にまつわる申請手続きを手伝う。
30万円の借金を抱えて自己破産した人、病気で仕事を辞めざるを得ない人、5千円の臨時収入を申告し忘れ不正受給として生活保護費の返却を求められた人――。弱い立場の人が政治から見放されるのを目の当たりにしてきた。
自分だって、自治体から業務委託を受けている身分で、将来にわたり安定的に働く場が確保されているわけではない。選挙カーの上から「実績」を並べる安倍首相との間に、埋めようのない距離が広がっていた。怒りを届けたかった。
同じように排除された女性は今、労働組合で働く。当時は大学生だった。アルバイトでやりくりする生活。消費税率の引き上げで人生を左右される人間がいると、安倍首相や自民党支持者に知ってほしくて、ヤジを飛ばした。
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この直後、2人が排除される様子をとらえた動画がネットに上げられた。「迷惑」「空気読めない」「ヤバい人」「クソ左翼」――。口汚い書き込みの数々が2人に突き刺さった。
他方、「ここまでやるか?」「言論弾圧だ」と、支援が広がった。数日後、道警の行為を問題視する報道が出始めた。法曹関係者からは、市民によるヤジなどの政治的意見の表明は、「表現の自由」として憲法で保障されているとの指摘が相次いだ。
昨年8月、男性の友人や、ネットで動画を見て道警の行為に疑問をもった人など約150人が集まり、市内でデモをした。企画した大学臨時職員の女性(28)は「政治家にヤジの一つも言えない世の中でいいの?という思いを社会に問いたかった」と話す。沿道から拍手を送る人もいた。
安倍首相にヤジを飛ばした女性は「警察官に排除された時はいまいちピンとこなかった表現の自由って、こういうことなんだとわかった。言いたいことを黙らずに言ってもいいんだって思えた」と振り返る。
道警に排除された2人は今、警察官の行為は法的根拠がなく違法だとして国家賠償請求訴訟を起こし、札幌地裁で争っている。傍聴席や弁論後の集会には市民が参加する。男性は「一定の関心が維持されていることに、少しほっとした」という。
声を上げる若い世代。札幌市内で長年、護憲・平和運動にかかわる山口たかさん(70)は頼もしく感じる。
安倍首相が札幌市に来た昨年7月15日、山口さんは数人の仲間と近くで「年金100年安心プランはどうなった?」などと書かれたプラカードを掲げて、政権の社会福祉政策に異議を唱える活動をしていた。中心部の繁華街での安倍首相の演説を見に行こうとしたところ、聴衆の最後列で警察官に行く手を阻まれた。
山口さんは1991年、札幌市議選に地域政党から立候補し、3期を務めた。道議選や参院選にも立候補した経験を持つ。聴衆からヤジを飛ばされることは少なくなかったが、批判は自らの政策を高める「肥やし」と受け止めていた。民主主義の根底が、音を立てて崩れていると感じる。「憲法には、自分の意見を自由に表明してよいと書いてある。自分たちの権利をもっと使ってよいのでは」
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男性らが起こした訴訟は、6月に3回目の口頭弁論が開かれる予定だ。道警にきちんと謝罪してほしいというのが、裁判の目的だ。だが、訴えたいのはそれだけではない。「政権批判をすれば警察に取り押さえられるのが普通だと思われる社会は怖い。政治的な発言をする権利は誰にだってあるという、当たり前すぎてみんなが忘れていることを、再確認する場にしたい」
新型コロナウイルスに見舞われた社会で、「お上に文句は言うな」という、有形無形の圧力が高まりつつあると感じる。声を上げていくことの大事さを、男性はかみしめている。
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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