持ち家への一本道、薄れた先は 平山洋介さんと考える住宅政策の未来

【動画】住まいのかたち

 コロナ禍は、人々の意識を「住まい」へ向けさせました。感染対策でステイホームやテレワークが求められ、家にいる時間が増えました。感染リスクの高い都市部を離れて郊外に移り住む人や、収入が減って家を失う不安を抱える人もいます。「住まいをめぐる課題の背景に、持ち家促進に傾いた戦後の住宅政策がある」。住宅政策を研究する平山洋介・神戸大教授は、そう語ります。

 ――コロナ禍で住宅政策のどんな課題が見えたのでしょうか。

 住まいのセーフティーネットとしての住宅政策が、日本にはほとんどないということです。

 新型コロナ禍では収入の減った多くの人々の住まいが不安定になりました。これに対して、政府は失業対策だった「住居確保給付金」の条件を緩め、離職していない減収世帯でも利用できるようにしました。2020年度だけで13万件を超える利用があり、実質的な家賃補助となっていますが、いわば「目的外使用」の不安定な措置に過ぎません。

 国の家賃補助は、欧州では一般的な住宅政策です。日本も平時から制度化しておくべきでした。

 ――なぜ、日本には家賃補助がないのでしょうか。

 背景には、持ち家ばかりを重んじ、借家の改善を軽視してきた、戦後日本の住宅政策があります。

 戦前、都市部では借家暮らしが一般的でした。しかし、戦争中に多くの家が焼け、終戦直後には約420万戸の住宅が不足しました。さらには戦後のベビーブームと、農村から都市への人口移動で、世界でもまれに見る大きな住宅需要が生まれました。

 住宅を増やす必要に迫られた政府は、人々の「持ち家」取得を促しました。国の財政だけではとても住宅需要に対応できず、国民の家計や民間資金を動員して家を増やしたのです。

 住宅政策では「家族・中間層・持ち家」が重んじられてきました。経済が成長する時代、人々は借家から持ち家へ、という住まいの「はしご」を登りました。雇用と収入を安定させ、家族をもち、家を建てるのがゴール。持ち家へ向かう中間層が膨らむことで、社会が安定すると考えられました。

 政策の柱となったのが、住宅金融公庫(現・住宅金融支援機構)の住宅ローンです。公庫が低金利の長期ローンを供給することで、家を買う層がぐっと広がりました。

 特にオイルショックで経済が冷え込んだ後、政府は住宅建設で景気を刺激するため、公庫ローンの供給を拡大しました。住まいを「金融化」し、個人の借金を経済対策に用いたと言えます。それでもインフレのなかで給料が上がり続けていた時代、ローンの負担も相対的に軽くなっていく見通しが、人々にはありました。

 ――金融化の行き着く先が、バブル経済だったのでしょうか。

 そうです。景気刺激のために住宅ローンの規制を緩和し、より多くの人が借りられるようになると、住宅価格が上がる。それがまた、ローンの借り入れ条件緩和に結びつく。このサイクルの果てにバブルが生まれました。

 バブル崩壊後、政府は金融公庫を廃止し、ローン供給の主体は民間金融機関に移ります。巨大な住宅金融市場に乗り出した銀行は、他行との競争のなかで、少ない頭金や低金利で借りられるローン商品を次々に開発、販売しました。そうしたローンの「市場化」によって、重い返済負担を抱えながら家を買う人が増えました。住宅ローン減税も、住宅購入を後押ししています。

 ――持ち家を重んじる政策は、日本社会にどんな課題を生んだのでしょうか。

 住まいのはしごから外れた人々、すなわち「単身者・低所得者・借家人」に対する住宅政策は乏しいままとなりました。

 日本には公営住宅が全住宅の3.6%(2018年)しかなく、欧州諸国と比べて著しく低い。1990年代からの地方分権化で、地方が住宅政策のあり方を決める度合いが増えました。しかし自治体は、公営住宅の拡充は低所得者を呼び寄せると考え、その供給に消極的です。

 国家に代わって、そうした人々を支えてきたのは家族です。過去30年にわたって、親の家に住み続ける非正規雇用の若い人たちが増え続けました。親の家が、いわば公営住宅の代わりになっている。高齢者とその子ども家族の3世代同居を誘導する政策も続いています。国家ではなく家族に福祉を担わせる「日本型福祉社会」を反映しています。

 経済成長が終わった今、非正規労働者や未婚の人が増えています。長引くデフレのなかで、住宅ローンという借金を背負うリスクは大きく、インフレ時代にあった住宅資産の含み益も消えました。住まいのはしごを登れない人々は増えました。

 その一方、経済的に豊かな層では、親の持ち家を相続したり、家の購入資金を親から支援してもらったりする子世代も増えています。経済成長期には、一生懸命に働けば誰もが持ち家に手が届く「出自を問わない社会」が生まれると考えられていました。成長後の時代に入った今、資産となる住宅を持つ家族ばかりがさらに豊かになる「再階層化」が進んでいます。

 また、住宅価格が上がり続ける「ホットスポット」と、下がり続ける「コールドスポット」の分化が進んでいます。東京都心や湾岸部、大都市中心部では住宅需要が増え、タワーマンションが次々に建てられています。大企業に勤める共働き世帯は立地を重視し、都心の住宅を買おうとする。それがタワーマンション建設を支える一因になっています。一方、郊外や地方では、資産にならない持ち家が増えています。

 ――そうした格差が広がるなかで、何が求められているのでしょうか。

 新築持ち家以外のための施策を充実させ、もっと幅広い政策手段を用意する必要があります。一つには、少なすぎる公営住宅を増やすこと。家賃補助の制度も実現するべきです。中古住宅市場を拡大し、既存住宅のストックを流動化させることも必要です。空き家を活用した、低所得者向けの賃貸住宅供給も期待されます。

 「マイホームに向かって一本道がある」という価値観は、特に若い世代の間で薄れつつあります。たいていの人が結婚し、所得を増やし、家を買い、資産を増やす、という想定はもはや成り立ちません。新築持ち家ばかりを重んじるのではなく、より多くの選択肢を準備し、より多様な人生のあり方に対応する住宅政策が、政府に求められています。(聞き手・玉置太郎)

平山洋介さんのプロフィル

 ひらやま・ようすけ 神戸大大学院人間発達環境学研究科教授。専門は住宅政策・都市計画。住宅政策に関する著書に「マイホームの彼方(かなた)に」(2020年、筑摩書房)、「『仮住まい』と戦後日本」(同年、青土社)など。

連載「住まいのかたち」

2021年もステイホームの暮らしが続きました。多くの時間を過ごす「住まい」とは、私たちにとってどういう存在なのか。様々な「家」を舞台に、そこに住む人たちの姿を通して豊かな暮らしのヒントを探ります。

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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