教室に残されたままのランドセルや体操着 原発避難者らが母校を再訪

 東京電力福島第一原発事故の影響で今も立ち入りが制限されている福島県大熊町の帰還困難区域で3日、小学校や幼稚園が事故後初めて報道陣に公開された。園児や児童だった100人以上が13年ぶりに訪れ、当時のまま残されたランドセルや私物と対面した。

 公開されたのは、町立熊町小学校と熊町幼稚園(いずれも廃止)のほか、熊町児童館の3施設。333人が在籍(2010年5月時点)していた小学校では、11年3月11日当時のカレンダーが壁に貼られ、ランドセルが机の上に残されたままだ。

 小学4年生だった鈴木みつきさん(23)は震災後、初めて校舎内に足を踏み入れた。他の児童とまず校庭に避難し、翌日には町外へ移動を余儀なくされた。

記事の後半では、当時小学1年生だった次女を亡くした男性の訪問の様子を紹介しています。

 教室には、社会科見学で訪れた施設をまとめた自作の壁新聞や読書感想文が飾ってあった。絵が多く描かれているのを見て、「絵を描くのが好きだったので、頑張って描いたのだと思う」と懐かしんだ。

こだわりのランドセルと再会

 机の上には、かつて使っていたピンク色のランドセル。友達と色が重ならないように選んだものだ。「お気に入りだったので、ずっと取りに来たいと思っていた。大切に保管したい」と話した。

 小学4年生だった志賀俊希さ…

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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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