「七十何年もたって、再びお目にかかれるとは」
藤原洋さん(94)は、A4判に拡大したモノクロ写真を見ながら言った。
草地に置かれた、1機の軍用機。流線形の美しいシルエットをしている。
旧制の東京都立航空工業専門学校1年生の頃、学友と危険を冒して撮った思い出の1枚だ。
「あの頃はね、後世に残そうなんて考えていなかった」
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昨春、府中市ふるさと文化財課の電話が鳴った。
調布飛行場の近く、同市白糸台に住む戸井田和義さん(65)宅で旧日本軍機の翼の一部が見つかったという。「貴重なものではないか」という相談だった。
戸井田さん宅を訪ねた同課の英(はなぶさ)太郎さん(59)は一見し、水平尾翼とわかった。片翼だけだが、長さ2メートル以上ある。調布飛行場の主力戦闘機だった「飛燕(ひえん)」より明らかに大きい。
和義さんによると、2006年に84歳で亡くなった父・義三さんが土蔵で長年保管していたものという。
義三さんは戦前、空母の乗組員だった。マリアナ沖海戦で九死に一生を得て、広島・呉で艦上から原爆の閃光(せんこう)を目撃した。
復員後、自宅近くに戦闘機らしき翼が遺棄されていた。懐かしさから持ち帰り、とっておいたのではないか、という。
英さんが防衛省防衛研究所に写真を送って尋ねると、旧陸軍の「一〇〇式司令部偵察機」の可能性が高いことがわかった。
昨年8月、市の平和展で展示した。航空機に詳しい人も次々訪れ、新たな知見がもたらされた。
ステンシル文字解読、そして……
外板の継ぎ目やリベットが打たれたあとにパテが塗られ、滑らかな仕上がりになっている。敵機から逃げ切る高速度が求められる偵察機ならでは、という。
大きな成果が、翼下面の消え…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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