土井良典 三宅梨紗子
戦火を逃れ、ウクライナから日本へやってきた人々は長引く避難生活を振り返り、平和な母国へ一日でも早く帰りたいと願っている。
「不安、心配、無力感……。言葉がまだ足りない」
名古屋市の公営住宅で暮らすスビトラーナ・ビレツカさん(60)は今の心境をこう表現した。室内は、家具がまだまばらだ。
ウクライナ西部テルノーピリで暮らしていた。相次ぐ空爆と名古屋市に住む一人娘から懇願され、昨年3月、日本へ。毎晩、深夜まで現地の家族や知人と連絡を取り合うため、睡眠は2~4時間ほどだった。
避難民を支援する有名洋菓子店「シェ・シバタ」の名古屋市の店舗で働く。勤務初日が「還暦」を迎えた誕生日の昨年5月7日。母国では不動産業のデスクワークが専門だった。「白い調理服姿なんて想像もできなかった」。皿や鍋を洗うことから始め、今では菓子の飾り付けを手伝う。
昨年末、心配だった元夫のテオドジイさん(67)を呼び寄せた。従軍する代わりに、戦地に行く車両を爆撃を受けないよう保護色の緑に塗る作業などをしていた。テオドジイさんは先日、白内障の手術を受けた。記憶力も鈍り、難解な日本語を学ぶのも大変だ。
日本で気に入ったところは何…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル