朝鮮人あまた殺された町 100年後、朔太郎の足元で子孫たちはいま

 前橋市出身の詩人・萩原朔太郎は1923年、関東大震災で被災した親戚を見舞うため、群馬から約100キロ離れた東京へ向かった。

 朝鮮人あまた殺され

 その血百里の間に連なれり

 われ怒りて視(み)る、何の惨虐(さんぎゃく)ぞ

 そこで見聞きしたことなどからうまれた詩「近日所感」は、震災翌年の24年に発表された。

 そんな朔太郎の足元の群馬でも、惨劇があった。

 震災から4日後の9月5日…

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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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