昨年来、「核のごみ(原発から出る高レベル放射性廃棄物)」の最終処分場問題に揺れる北海道寿都町。そんな町にかつてあった測候所に勤務した一人の気象庁職員が、町の歴史を調べ、人々に話を聞いて文章を書き続けてきた。現在、釧路地方気象台に勤務する山本竜也さん(45)。2018年に写真集にまとめ、今回新たに「続寿都歴史写真集 昭和二十一年~」が完成した。漁業や鉄道、町の風景や行事など600枚超の戦後の寿都が収められた2冊目はずっしりと重い。
山本さんが寿都測候所に赴任したのは06年春。休日には海や川での釣り、山登り、スキーなど寿都を満喫していたが、08年秋で同測候所が閉鎖されることになった。
最後の所員の一人となった山本さんは測候所史作りのために町の歴史を調べるうちに、町の発展を支えたニシン漁のほか、寿都鉄道、鉱山などにも興味を持った。当時を知る人たちに話を聞き、ホームページを立ち上げて文章を発表。転勤後も取材を続け、「寿都五十話」、「南後志に生きる」などの本を自費出版してきた。
18年に出した最初の写真集は明治期から終戦ごろまでの写真450枚を掲載。今回の「続―」に収めた写真は戦後の1946年以降で、町民や元町民らから5千枚を集め、610枚を掲載した。漁業、町並み、寿都鉄道、鉱山、農村……などテーマは全14章に及ぶ。スマホで誰でも写真が撮れる今とは違い、まだ貴重だった写真の中の人々はかたい表情が多いが当時の服装や町並み、暮らしぶりが分かる。全ての写真に山本さんが取材、執筆した解説文が付けられている。
また、610枚の中には室蘭出身で、高校教師を務めながら道内で写真を撮り続けた故掛川源一郎氏による寿都の写真50枚も入っている。写真、フィルムを管理する掛川源一郎写真委員会(札幌市)の協力で、寿都を撮影した数十本のフィルムから山本さんが厳選した。その中の寿都小学校運動会のモノクロの1枚が印象的だ。撮影は1969年。見物のために作られた数百のむしろ小屋がぎっしりと並び、手前に運動着姿の子どもたちが写っている。山本さんは「未公開の写真がほとんど。掛川さんの寿都の写真を紹介できたことはよかった」と話す。
「なぜそれほど寿都のことを…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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