かつて紫式部が過ごした「越前国府」は市内のどこに位置していたのか。福井県越前市が今年度、国府があった場所の発掘調査に力を入れている。来年は北陸新幹線の福井延伸で市内に新駅が開業するほか、NHK大河ドラマ「光る君へ」の放送もある。国府の位置の特定で、紫式部ゆかりの町としての知名度アップにつなげられるか――。
7月26日午後、調査に参加する市内外のボランティア十数人が、市中心部の空き地に集まった。
「遺構が出てきたら掘り下げていきます。モノが出てきたら、それから遺構の年代が分かります」。市教育委員会学芸員の西脇菜々さん(22)が説明する。
参加者はスコップなど道具を使って発掘の練習に取り組んだ。9月以降は市街地にある本興寺(同市国府1丁目)で、計39人の市民ボランティアが発掘に取り組むことになっている。
数年前から国府の調査に取り組んできた澤崎正喜さん(72)は「国司の館をまず特定すれば、紫式部が日ごろどんな場所から越前の景色を眺めていたかが分かる」。平安時代に興味を持っているという高志中学2年の清水彩香さん(13)も「世紀の大発見を」と意気込んだ。
国府とは、都から派遣されてきた国司が政務を執る国庁を中心につくられた古代都市。地方政治や産業、文化の拠点となる。伯耆(ほうき)国府跡(鳥取県)や下野国府跡(栃木県)など数カ所は場所が判明しているが、越前国府など多くは分からないままになっている。
特定できてない国府跡地
式部は越前国に国司として都から赴任した父の藤原為時に同行し、この地を踏んだ。都を離れて過ごした唯一の土地だとされる。996年に来て、1年ほど越前で過ごした。式部の作品には、越前の日野山を眺めながら都の風景を懐かしむ気持ちを詠んだ歌など当時の作品が残されている。
地元ではこれまでも場所を特…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル