死んだのは数ではなく、体温ある個人 戦線に異状あり

日曜に想う

 ポーランドのノーベル賞詩人シンボルスカに「大きな数」という詩集(1976年刊)があって、同じ題名の詩は次のように書き出される。

  この地上には四〇億の人々/でもわたしの想像力はいままでと同じ/大きな数がうまく扱えない/あいかわらず個々のものに感激する

 詩句はスラブ文学者沼野充義さんの訳による。「大きな数」に塗り込まれることで個々の人間は顔を奪われ、抽象概念に変えられてしまう。いわば統計。この詩は、そうした全体性にあらがい、個別の存在と価値を守ろうとする詩人の意思の表出であろうと、沼野さんはいう。

 戦後75年の夏。

 8月23日夜から25日の夜にかけて、地味ながら意義深い追悼のイベントがあった。敗戦後のシベリア抑留の犠牲者のうち、判明している4万6300人の名前を遺族や市民が交代で47時間かけて読み上げていった。シベリア抑留者支援・記録センター(東京)が初めて企画し、動画サイトなどで同時配信された。

 シベリア抑留は忘れてはならない昭和の歴史だ。約60万人の日本兵や軍属、民間人が強制労働のためにソ連に捕らわれた。酷寒の異土に果てた人は約6万という。名前の読み上げは、「大きな数」として語られがちな死者を、抽象の海から呼び戻すように丸2日間続けられた。

 名前を読むという追悼に、詩人…

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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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