江戸から令和へ よみがえる「常磐橋」  震災で被害

 鉄の壁で水がせき止められた川の底に下りると、視界いっぱいに石造りの史跡が広がり、今が2020年の東京だということを忘れそうになる。

拡大する修復工事が続く常磐橋の「水切り石」。下の方は明治初期から残るオリジナルの石材で、失われていた上部は今回の工事で復元された=2019年11月29日、東京都千代田区、内田光撮影

 日本銀行本店から外堀通りを挟んだ目の前、日本橋川に架かる「常磐橋(ときわばし)」は、1877(明治10)年に造られた。橋の大きさは長さ約31・5メートル、幅11・5メートル。公道として計画されたアーチ式石橋としては都内で最も古く、かつて江戸城外堀の正門「常盤橋門」があった場所に、元々あった木橋から耐久性の高い石橋へと架け替えられた。

拡大する架け替えられた当時(1877年ごろ)の常磐橋=文化財保存計画協会提供

 築造から140年以上が経ち、橋は関東大震災や、東京大空襲、東日本大震災などの災害や戦争にもさらされた。

 特に東日本大震災ではアーチ状の構造が壊れ、調査の結果、崩落する危険性があると判明。土台以外は解体、一から組み直すという初めての大きな解体修復工事が続けられてきた。

 その過程で見つかったのが、石材に刻まれた池田藩(岡山県)の印だ。この石材はどこから来たのか。記録をたどると、明治時代になって取り壊された江戸城小石川門の石垣が転用され、都市の近代化に役立てられたことがわかった。

拡大する修復工事が続く常磐橋=2019年11月27日、東京都千代田区、内田光撮影

拡大する修復工事が続く常磐橋=2019年11月27日、東京都千代田区、内田光撮影

 橋の修復工事を請け負った文化財保存計画協会の西村祐人さんは「都市には物語がある。江戸から続く常磐橋の歴史を新しい時代に引き継ぎながら、街の景観を考えるきっかけになってほしい」と話す。

 江戸から明治への変遷の記憶を残す石橋は間もなく修復を終え、令和の時代に新たによみがえろうとしている。(内田光)


Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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