薬のまちで有名な奈良県宇陀市に「平五薬局」という名の薬屋さんがある。1841年創業。今年で179歳になる。江戸時代からこの地で続く唯一の老舗だ。
店に入るとすぐ左手の壁にアンティークな看板がびっしりと飾られている。「天保十二年創業 平井五兵衛」「萬病感應丸 順血正産湯」「よき色に染りてはげぬ……」。金色に浮き出た文字はほとんど朽ちることなく古さを感じさせない。美顔水、順血丸、胃病運動散神薬。壁の最上部には富士山と帆船を背景に松田博愛堂(現在愛媛県に本社を置く松田薬品工業)、アイロミンと書かれた広告がひときわ目を引く。また碁盤の目のように仕切られた生薬の薬箱は当時のままだ。テーブルには創業当時からのものと思われるちょうちんが、置かれている。店主の平井文吾さん(78)は「真っ暗な街道を薬などを運ぶために使われたんでしょう」と話す。
「平五の昔ながらの糖尿茶」、便通などを整える「ひらごの健康茶」、腎臓の悪いひとに向けた「ひらごの利尿賢茶」。文吾さんが独自にブレンドしたお茶は脈々と伝わる生薬の伝統を継承しながら生きている。
「こんなものがまだ残っているんですよ」。文吾さんは大正時代から伝わる秘伝のノートを見せてくれた。そこには薬効別に生薬の調合のしかたが丁寧かつ詳細に記載されていた。
この地は日本で最初に薬猟(くすりがり)が行われた記録が日本書記にしるされている。その歴史は推古天皇の時代にさかのぼる。江戸時代には多くの薬問屋が宇陀松山地区に軒を連ねていた。時は流れたった1軒になった。時代の変化とともに商売が成り立ちにくくなってきた。「子どもたちには継がせるつもりはありません」。平五薬局は文吾さんの代で幕を閉じるという。(小杉豊和)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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