旅人が訪れることで自然破壊が進んだり、地域コミュニティーが成り立たなくなったりしないように、「サステイナブル・ツーリズム(持続可能な観光)」という考え方に基づいた旅行プランを、提案する地域が出てきた。国連の関係機関も「責任ある旅行者になろう」と呼びかけている。
まるで鏡のように、水面に木々が映る御射鹿池(みしゃかいけ)(長野県茅野市)。東山魁夷の名画「緑響く」のモチーフになったとされるこの池から流れ出た水を、地元のガイド関誠さん(70)がコップですくい、pH(水素イオン濃度指数)を測った。「3・7。水田にはpH5~6が最適。この水が流れる先を見に行きます」
9月下旬、関さんが案内したのは、昨年から開かれているバスツアーの参加者20人。ツアーでは池の水が下流で別の沢と合流してpHが上がり、ふもとの笹原地区で農業用に利用される様子を2時間かけて見て回った。
地元の人たちは1933年にこの池をつくり、土手の整備などを続けてきた。八ケ岳山麓(さんろく)の強酸性で冷たい沢の水を、この池で温め、農業に使う。そんな営みによって、景観は維持されてきた。
その一方で、10年以上前、シャープの液晶テレビのCMで、東山魁夷の絵とともに紹介され、観光客が増えた。「インスタ映え」すると話題になり、旅行者が近年さらに急増したが、15分ほど池を見て、写真を撮るだけで帰る観光客がほとんどだった。
ツアーを始めたのは、景観を楽しむだけでなく、その背景にある暮らしや文化を知ってもらうためだ。景観を生み出すストーリーを知ってもらい、御射鹿池の水で作った米などの農産物を手にしてもらう機会を増やす。地元にはガイド料も入る。持続的に景観と観光を両立させるのが狙いだ。
地区で生まれ育った関さんは「これまでは観光客には道を聞かれるだけで、地区の周辺は車が通り過ぎていた」と話す。
仕掛けたのは、ちの観光まちづくり推進機構の矢部俊彦さん(36)。2年前に横浜市から移住し、「地域おこし協力隊」として各地区を回って、滞在・交流型のプログラムを住民と一緒に考えてきた。茅野市では御射鹿池のほか、農家や職人を訪ねる企画が20種類ほどある。矢部さんは「見るだけでなく、知る旅をお客さんも求めるようになっている。地元の人のためになる、持続可能な観光ができるようしたい」と話す。
「責任ある旅行者」への手がかりは
環境負荷を減らし、地域住民にも恩恵がある観光は「サステイナブル・ツーリズム(持続可能な観光)」と呼ばれる。国連の関係機関GSTCは2008年以降、観光産業と観光地それぞれに向けた国際基準をつくり、認証する制度を始めた。日本でも観光庁がこの基準に沿った日本版の指標づくりを検討している。
背景には世界的な観光産業の急成長がある。国連世界観光機関によると、宿泊を伴う旅行者数は1980年には2億7800万人だったが、00年には6億7400万人、昨年は14億人に。一方、例えばクルーズ船は大量のトイレ排水などで海洋を汚染し、観光地のごみ処理量も増やす。イタリア・ベネチアでは巨大客船の寄港に反対するデモも起きている。
国際基準は生物多様性保全への取り組みや地域住民の雇用などを求める内容で、観光地向けは100以上の項目がある。普及に取り組むNPO法人日本エコツーリズムセンターの森高一・共同代表理事によると、日本では岩手県釜石市が初めて認証に向けて取り組んでいる段階だ。茅野市は認証に向けた具体的な取り組みには至っていない。森さんは「認証のハードルは高い。旅行者が認証を参考に選択できれば理想だがそこまで達していない」と話す。
観光産業向けは、訪日旅行を扱うJTBグローバルマーケティング&トラベルが昨秋認証取得のための専門チームを立ち上げた。担当者は「海外の企業や団体が宿泊先の条件として、環境保全やサステイナビリティーを求める傾向が高まっている」と説明する。
現状で持続可能性に配慮した旅をするには何に留意すればよいか。国連世界観光機関は「責任ある旅行者になるためのヒント」を公開している。旅先に住む人々に敬意を払おう、地域経済をサポートしよう、旅先の情報に通じた旅人になろう、などの呼びかけで、ホームページ(https://unwto-ap.org/wp-content/uploads/2017/10/Tip-for-Travellers_web.pdf
森さんは「地元のガイドがいるか、少人数ツアーか、地域ならではの食材、体験や宿泊かどうかをチェックしてみるのも一つの方法」だという。(合田禄)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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