寄稿 青山学院大学教授・生物学者の福岡伸一さん
自然というもののありようをいま一度、きちんと考えてみたい。「新しい生活様式」推奨策のため、夏も近いというのに、海や山に行くのが憚(はばか)られるようになってしまった。でも、“自然”は私たちのごく身近にある。といっても近所の公園のことではない。私たちのもっとも近くにある自然とは自分の身体である。
生命としての身体は、自分自身の所有物に見えて、決してこれを自らの制御下に置くことはできない。私たちは、いつ生まれ、どこで病を得、どのように死ぬか、知ることも選(え)り好みすることもできない。しかし、普段、都市の中にいる私たちはすっかりそのことを忘れて、計画どおりに、規則正しく、効率よく、予定にしたがって、成果を上げ、どこまでも自らの意志で生きているように思い込んでいる。ここに本来の自然と、脳が作り出した自然の本質的な対立がある。前者をギリシャ語でいうピュシス、後者をロゴスと呼んでみたい。ロゴスとは言葉や論理のこと。
生命はピュシスの中にある。人間以外の生物はみな、約束も契約もせず、自由に、気まぐれに、ただ一回のまったき生を生き、ときが来れば去る。ピュシスとしての生命をロゴスで決定することはできない。人間の生命も同じはずである。
それを悟ったホモ・サピエンス…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル