画家が見た3.11 紫で描いた顔、失いかけた色使い

 津波で亡くなった人たちや失われた街並みが、心に語りかけてくるという。「心で描くんだよ」と、田崎飛鳥さん(38)は静かにほほえむ。

 生まれつき脳性まひで知的障害があり、あの日は岩手県陸前高田市の就労支援施設にいた。高台にある施設には大勢の住民が避難し騒然としていた。「家も街も全部、流されちゃったよ」。駆けつけた父の実さん(72)がそう伝えると、飛鳥さんの顔色が変わっていった。

絵画や小説、演劇などといったさまざまな創作、表現活動をする人たちも、東日本大震災の惨禍に衝撃を受けた。自身の活動の意味を問い、葛藤した。その後、生み出された作品にはどんな思いが込められているのか、表現者たちを訪ねた。

 家族は無事だったが、気仙川の河口付近にある自宅は津波に流され、親戚や友人たちは帰らぬ人となった。幼い頃から描いてきた200点以上の作品も画材も、全て失った。

 2週間ほど経った後、父と母の美代子さん(68)とともに見に行くと、自宅は激しい津波にのまれ、コンクリートの土台を残して何もなくなった。飛鳥さんはその跡地に背を向け、決して見ようとしない。いつもと変わらずそびえ立つ山々をただまっすぐ見つめた。

 口数が減り、笑顔も消えた。そんな息子を見かねて、実さんが声をかけた。「言葉にできなくても、今だからこそ描けるものがあるんじゃないか」。ぎゅっと筆を握りしめ、なぐりつけるような荒々しいタッチで一気に描き上げた。普段の穏やかな色調とは違い、人の顔に赤や紫を施す激しい色使い。絵を描き始めて30年、初めて見せた姿だった。

拡大する画家の田崎飛鳥さんが震災後に描いた絵=2020年2月、岩手県陸前高田市、小玉重隆撮影

 ただ、描くにつれて、次第に表…

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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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