東京五輪・パラリンピックの開催の是非で揺れるいま、思い出す光景がある。
2013年9月8日早朝、国際オリンピック委員会(IOC)のロゲ会長が「TOKYO」と書かれた紙をかざす生中継の映像を、私は東京都内の病院のベッドの上で見ていた。
この街に五輪が来る。
その時、私はどうしているのだろう――。
記者としてアテネ、ロンドンの五輪を取材してきた。生中継を見ているほどだから、気持ちが高ぶらなかったといえばウソになる。
でも安倍晋三首相や猪瀬直樹東京都知事(いずれも当時)が歓喜に沸く様子は、どこか冷めた気持ちで見ていた。
さいわい病気は快癒した。でも、あの時の、社会と切り離されたような気持ちは、今も忘れられず、心のどこかにひっかかっている。
新型コロナウイルスの感染拡大で、朝日新聞の編集局内もテレワークが導入されている。打ち合わせも取材もオンラインが増え、東京では同僚と酒を飲みながらの懇親の場も失われてしまった。
人とじかに会えないことに寂しさや味気なさを感じている時、批評家の若松英輔さんのツイートに接した。
「オンラインの講座は色んな…
この記事は会員記事です。無料会員になると月5本までお読みいただけます。
残り:1442文字/全文:1937文字
2種類の会員記事が月300本まで読めるお得なシンプルコースはこちら
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル