2021年12月、軽度の知的障害があった20代女性が千葉県内のグループホームの2階トイレで男児を出産し、直後に窓から落として殺したとして、殺人罪に問われた事件があった。
事件は防げなかったのか。知的障害者をどう裁くのか。大学時代、地域で一人暮らしをする重度知的障害者の介護をしていた経験から、関心を持って裁判を聞いた。
女性は、知的障害のある男性と交際し、互いに性的知識に乏しいまま避妊せず性行為をしていた。女性は予期せぬ妊娠を誰にも打ち明けられず、周囲も気づけなかった。
検察側の供述調書では、女性は「性行為で赤ちゃんができることは知っていました」「赤ちゃんを落とすと死んじゃうとわかっていました」と語ったとされる。
裁判当初、起訴内容を「間違っていないです」と認めていた女性への印象が変わったのは、被告人質問が始まってからだ。質問に何度も何十秒も黙り込み、証言台で固まった。
たまりかねたように裁判官が聞いた。「(性行為に関する質問が)恥ずかしいからうまく話せないんですか」「質問の意味がわからなければ聞き直して、答えたくなければ答えたくないと言ってください」。女性の反論がないので、検察側の主張がそのまま認められるかに思えた。
裁判員裁判の流れを変えたのは、精神鑑定医の証言だった。女性のIQは53(同年齢の平均が100)。一見ではうかがい知れないが、「感情を揺さぶられる体験が苦手で、衝動性が高い」「抽象化能力が低く、話を理解できても説明が苦手」なのだという。女性の様子を的確に説明していた。
主任弁護人は「鑑定医の証言で障害が理解されたことが大きかった」と振り返る。判決は、懲役3年保護観察付き執行猶予5年(求刑懲役5年)だった。
この裁判の取材を通して、「供述弱者」という言葉に初めて触れた。捜査や裁判で、自分が置かれた状況の理解や説明がうまくできなかったり、捜査当局に迎合する供述をしたりする人を指す。朝日新聞紙面にもこれまで十数回しか出ていない言葉だ。
知的障害者だけでなく、子どもや外国人なども供述弱者となりやすいという。自分を言葉で守ることができないまま、裁かれる。その恐ろしさを思う。
立命館大の森久智江教授(犯罪学)によると、英豪では供述弱者の取り調べには第三者の立ち会いが必要とされているという。日本でも、捜査段階から供述弱者を十分にサポートする仕組みが必要ではないだろうか。(上保晃平)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル