【科学力】~研究費集めの新潮流~
少数の研究者や研究機関に研究費を集中させる「選択と集中」によって、多く研究者が研究費を取りづらくなっている。国の研究費の審査は「実績主義」に傾き、論文などの実績が少ない若手研究者には不利に働きやすい。
そうした状況のなか、少額ですむ研究なら、国を頼らず一般から資金を集めようという新たな流れが始まりつつある。クラウドファンディングを利用した資金集めだ。研究者は専用のサイトで自分の研究プロジェクトをわかりやすく説明し、何にいくらの費用が必要かを示し、期間を設定して資金を募る。
クラウドファンディングを利用する場合、研究の魅力をその道の専門家にではなく、一般社会に伝えるためのコミュニケーションの技量が不可欠だ。その技量を上げることは、研究者と社会のつながりを深めることにつながる。また、集まったお金も、国の研究費に比べて使い勝手がいいという特徴がある。
こうしたクラウドファンディングの利用は、寄付文化が根付くアメリカで一足はやく始まった。世界最大のサイトの「エクスペリメント・ドット・コム」(https://experiment.com/
日本でも2014年、学術研究に特化したクラウドファンディングサイトが立ち上がった。「アカデミスト」(https://academist-cf.com/
集まった資金、1億円を突破
――クラウドファンディングサイト「アカデミスト」を始めたきっかけは何でしょうか?
大学で原子核の理論物理学を専攻し、博士課程まで進んだとき、自分の専攻とはまったく関係ない生物学の研究者と交流する機会がありました。研究テーマは「デヅルモヅル」という深海生物なのですが、ヒトデのような形をしていて非常におもしろい。専門でなくても、高校生レベルの知識があればその魅力をわかりあえることに気づきました。当時、隣の研究室でどんな研究をしているのか互いに知らない世界に疑問を感じていたころでした。研究の魅力を社会に伝える活動に意義を感じ、一般の人から研究費を集めることもできるのではないかと考え、2014年にサービスを立ち上げました。
――これまでにどのくらいの人がクラウドファンディングに参加し、お金はどのぐらい集まりましたか?
「アカデミスト」には「オール・オア・ナッシング」というルールがあり、決められた期間に目標額を上回らないと研究費を受け取ることができません。目標をクリアした研究者はこれまで100人弱で、集まった支援額はこの5月に累計1億円を超えました。サポーターは1万人弱です。
サポーターには大きく分けると三つのタイプの方々がいます。一つ目は、その研究者と直接面識がある人、つまり古くからの友人や知人、名刺を交換した人などです。二つ目は、その研究テーマのファン。例えば昔から星空が好きだった天文ファン、博物館に毎週足を運ぶ考古学ファンなどです。三つ目は、研究者もその分野のこともアカデミストのサービスを通じて初めて知った新規のファンです。人数でいうとだいたい3分の1ずつです。
――思い出に残っているプロジェクトは?
最初に手がけたプロジェクト「深海生物テヅルモヅルの分類学的研究」が一番印象に残っています。まだ分類が十分に進んでいないこの生物の全貌(ぜんぼう)を明らかにするため、標本のDNA解析費として40万円を募ったところ、60万円以上も集まり、手応えを感じました。
そのほかの事例では、人文社会科学系の研究で、紀元前15世紀ごろに現在のトルコで栄えたヒッタイト帝国の研究です。愛とは普遍的な概念なのか、文化や文明に固有のものか、ヒッタイト社会における「愛」の意味を、当時のくさび形文字の解読を通じて突き止めようという内容でした。このときは68人から55万円が集まりました。
人文系の研究は理工系に比べて、少額の資金でも、学会に行ったり本を買ったり、研究サポートの人件費に使ったりと使いでがあり、最近は人文科学系のプロジェクトが増えています。
研究者と二人三脚、魅力的な物語描く
――どのようにして寄付を集めるのですか?
一般の人に研究に興味を持ってもらうための魅力的な「ストーリー」をどのように組むかが、われわれの腕の見せどころです。ストーリーの組み方のコンサルティング、文書の作成、タイトルの付け方などをサポートして、二人三脚でお金を集める流れです。
例えば、ヒッタイトは世界史の教科書には出てきますが、非常にマニアックなイメージです。しかし、くさび形文字といえば、誰でも小、中学校時代に写真などを見る機会があります。ナゾの文字をまじめに解読している人がいることをフックにして、研究に引き込むのです。彼個人の関心はヒッタイトの「愛」。研究のモチベーションをどんどんたどり、なぜこれなのか、これがわかったら次に何があるのか、それを進めていくと、将来どんな世界が理解できるのかを描いていく。ストーリーをネットで積極的に発信したら「実はすごい興味があったんです」と、あちこちからファンが出てきました。
――社内の態勢はどうなっていますか?
3、4人のスタッフがおり、すべてのプロジェクトに一人ずつ担当を置いて進めています。クラウドファンディングに挑戦する人は、かなり視野が広く、自分の研究の価値を社会に理解してもらうことの意義をきちんと理解している人が多いですが、なにぶん、ずっと同じ分野を研究しているので、どこをアピールしたらいいかわからない。スタッフが、研究プロセスを理解した上で、一般人の目線で「ここがおもしろい」と自信を持って言えることが重要だと考えています。
――サポーターへの「リターン」は何でしょうか?
研究成果のリポートをもらえたり、論文に名前が載ったり、研究者が開催するサイエンスカフェやオフ会に参加できたりと、さまざまなリターンがプロジェクトごとに設定されています。
成果だけでなく、サポーターが研究者とともに研究の進行を理解し、共有していくプロセスが、クラウドファンディングのおもしろい部分です。お金が集まった後も、研究者が定期的に進み具合を報告し、「みなさんのお金で、学会でこんなことを発表しました」「理解はこのぐらいまで進んだけど、この先はまだわかっていません」と、研究のプロセスをともに追って、サポーターの知的好奇心を満たしたり、くすぐったりすることが、リターンになるのです。
研究とは時間がかかる行為です。論文を書くのに1~2年、書籍化まで5年や10年はかかります。論文や書籍を成果物として提供するだけでは、臨場感までも共有することはできません。いままさに研究の最先端で行われていることを伝え、「私はこう考える」という思考のプロセスを共有するところがおもしろい。そこを発信するしかけをわれわれがお手伝いしているわけです。
「0から1」を生む研究費支援のインフラに
――理系のプロジェクトではどうでしょうか。
「雷雲プロジェクト」というのがありました。雷雲から出る放射線「ガンマ線」の観測を通じて雷が発生するきっかけの解明を目指したプロジェクトです。研究者は最初、国の科学研究費補助金(科研費)も、所属大学の学内の研究費も取れませんでした。アイデアはおもしろいけど前例のない研究だったため、本当に実現するかどうか疑問に思われたのでしょう。
そこで研究者は、クラウドファンディングでお金を集めてデータを取り、実績を作ってから改めて国や大学の資金を取りに行こうと考えたんです。この戦略は成功し、15年にクラウドファンディングに成功、16年には科研費を獲得し、17年に論文が英科学誌ネイチャーに載り、その年末には物理分野の10大ニュースにも選ばれました。世界トップレベルの科学研究を市民が支えた興味深い例です。
――それほど有望な研究なら、本来は国が最初からお金をつけるべきだったのではないでしょうか。
科研費などの国の研究費は国民の税金が原資なので、支給する側としては、研究が失敗に終わることを恐れます。支給の可否は、国が委嘱した研究者が審査員となって決めるのですが、最近は分野が複数にまたがる「学際研究」や、分野が重なる「融合研究」が多くなっているので、審査員が判断に迷う局面も多いと思われます。すると、リスクを回避するため、支給しないという判断になりがちです。
リスクを取ってあえて支給に踏み切れる仕組み、真に新しくておもしろい研究にお金をつける仕組みが必要ですが、国がそれに対応しようとすると、審査態勢の充実のために人材やお金など膨大なリソースが必要になるでしょう。その点、クラウドファンディングは、一般の人が「面白い」と思った研究を支援するので、結果が問われることはありません。ですから国よりも民間の方がやりやすい側面があります。
大切なのは、そのような資金の「入り口」をたくさん作ることだと思います。雷雲プロジェクトのように前例がない研究、「0から1をねらう」研究に資金をつけ、研究の多様な芽を育てる公的なインフラは日本に多くありません。国がやりづらいのであれば、民間が担っていきたい。うまく芽が出た後は、国の資金で1を100にしていけばいいのです。今春からは、ベンチャーキャピタル(VC)と組み、集まった支援と同額の追加支援を企業から得られる「マッチングファンド」も始めました。何の役に立つかわからず、芽が出るまでに時間のかかる基礎研究をピックアップしていきたいと思います。((聞き手・嘉幡久敬))
柴藤亮介(しばとう・りょうすけ)
首都大学東京で原子核の理論物理学を専攻、博士課程単位取得退学。2014年、日本初の学術系クラウドファンディングサイト「アカデミスト」を設立。同社CEO。34歳。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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