【自著を語る】山岡淳一郎氏の『ゴッドドクター 徳田虎雄』
ニュースソクラの常連ライターである山岡淳一郎氏が、単行本として出版した『神になりたかった男 徳田虎雄』(2017年刊)を全面的に書き換えて、文庫本としてタイトルも『ゴッドドクター 徳田虎雄』(1月5日刊、小学館文庫、税込803円)として出版した。文庫版での全面改定は珍しい試み。戦後の医療史に大きな足跡を残している徳田虎雄と日本最大の医療機関徳洲会について、こだわりぬいた執筆経緯などを聞いた。(聞き手はニュースソクラ編集長、土屋直也)
--文庫本にするにあたって全面改定に近い書き換えをしたそうですね。
ノンフィクションはフィクションに比べ出版された後、ファクトの積み重ねで増殖されていく部分があるものなのだと思います。2017年11月の単行本出版後に関係者から改めて話を聞く機会が増えて完全に解明できていなかった部分についても証言してもらえました。文庫版の冒頭の部分などもその最たるものですよね。時効とは言え、やくざに多額の金を渡し、選挙協力を求めたという告白なわけですから。
--それにしても、よくいろんなファクトが見つかった感じがします。丹念な取材姿勢が関係者に伝わったから、情報提供も増えたのではないですか。
徳田虎雄と徳洲会の持っている正義と悪が混然一体になっているところに魅せられたこともあって、単行本を書いた過程から、さらに取材を重ねました。それが関係者に評価されたのだとしたら少し報われた気がしますね。
--追加取材にかぎるとどのくらい取材をしたのですか。
キーパンソンに会いに長野県に出かけたり、テレビ局の関係者に会ったり、追加取材はかなりしました。ふつう文庫版は事実関係や誤植の訂正にとどまるケースも多いのですが、今回は新たに書き下ろすぐらいの労力を割きました。
--追加取材のなかで改めて徳洲会についてわかったことはありますか。
まだ書ききれないぐらいあります。その後も徳洲会は路線争いというか、内紛めいたものがくすぶっていますね。そう遠くないうちに、表面化する可能性もあると思います。
--冒頭の山口組傘下の組長のところへ選挙で反対に回らないように徳田虎雄腹心の森岡氏が訪ねていく個所は圧巻ですね。
もともとは単行本の3章に書いていたのですが、やはり奄美群島の徳之島というところは日本のシチリアのような独特の気質と土地柄があって、徳洲会と徳田氏のバックボーンになっている。この本のもう一人の主役と言える当時のナンバー2の盛岡医師が主役として現れる場面でもあり、冒頭に持ってきました。さっきもいいましたが時効とはいえ犯罪を告白してくれています。文庫版を改めて出す価値はあったと思います。
--文庫版の際、プロ編集者の加藤晴彦さんと組んでいますが、文庫版に影響を与えていますか。
書き手はよい編集者と組めると高揚感に包まれ、集中力が高まります。加藤さんはプロ中のプロです。とにかく原稿を丹念に読み込んでくださって、するどい指摘をいくつもいただきました。加藤さんから受けた刺激、気づきは大きかったですね。
--本のタイトルを単行本の「神になりたかった男」から「ゴッドドクター」に変えたのはなぜですか。
これも加藤さんと相談しながら決めたのですが、少し戯画的なタイトルかもしれませんが、それだけ手にとってもらいやすい、内容がスッと伝わるのではないかと考え、思い切って変えました。
--そもそも単行本として徳田虎雄を取り上げたいと思ったのはなぜですか。
よい取材対象と出会えて「発見」「発掘」があったことが原動力ですが、徳田虎雄氏と徳洲会は、戦後の日本の自画像とでもいえそうな側面を体現しています。怪物の一代記であると同時に、医療を介した群像劇として戦後史を書いてみたい思いもありました。
--単なる戦後史ではなく、いまの医療界の在り方にも通じるところもありますね。
徳田が挑んだのは、大雑把に言えば医療過疎地をなくすことだったのですが、医師の人事面で医療過疎地を生む元凶だった医局講座制、大学の医学部教授を頂点にピラミッドのような医療界の構造、いわゆる「白い巨塔」との戦いでもあったと思います。これらの問題も当時に比べれば改善されている部分はあるのですが、いまだ完治していない。医療界の病巣です。徳田虎雄氏を見つめることは、いまの医療界の問題点と向き合うことでもあるのです。
■山岡淳一郎(作家)
1959年愛媛県生まれ。作家。「人と時代」「21世紀の公と私」をテーマに近現代史、政治、経済、医療など旺盛に執筆。時事番組の司会、コメンテーターも務める。著書は、『後藤新平 日本の羅針盤となった男』『田中角栄の資源戦争』(草思社)、『気骨 経営者 土光敏夫の闘い』(平凡社)、『逆境を越えて 宅急便の父 小倉昌男伝』(KADOKAWA)、『原発と権力』『長生きしても報われない社会 在宅医療・介護の真実』(ちくま新書)、『勝海舟 歴史を動かす交渉力』(草思社)、『木下サーカス四代記』(東洋経済新報社)、『生きのびるマンション <二つの老い>をこえて』(岩波新書)。2020年1月に『ゴッドドクター 徳田虎雄』(小学館文庫)刊行。
■土屋直也(つちや・なおや) ニュースソクラ編集長
日本経済新聞社でロンドンとニューヨークの特派員を経験。NY時代には2001年9月11日の同時多発テロに遭遇。日本では主にバブル後の金融システム問題を日銀クラブキャップとして担当。バブル崩壊の起点となった1991年の損失補てん問題で「損失補てん先リスト」をスクープし、新聞協会賞を受賞。2014年、日本経済新聞社を退職、ニュースソクラを創設。
Source : 国内 – Yahoo!ニュース