大阪の笑いの代名詞といえば、あの四角い顔が浮かぶはず。17日に亡くなった落語家でタレントの笑福亭仁鶴さんは、枠にとらわれることなく、「まぁーるく」温かな笑いを届けた。
高座、ラジオ、テレビと大車輪
子どものころに母を亡くし、少年時代は無口で、高校までは決して目立つタイプではなかった。それが、18歳のころに初代桂春団治の落語をレコードで聞いて人生が一変。噺(はなし)家になると、高座やラジオ、テレビにと活躍の場を広げた。
だれもが笑える自然なおかしみを醸しつつも、先人を敬う姿勢を貫くまっすぐな人だった。「どんなんかな~」「うれしかるかる」……。若き日に人気を集めたギャグは、初代春団治が落語で駆使した擬音語の表現にヒントを得た。売れっ子となると、劇場では名ビラが「仁鶴」と変わるだけで爆笑が起きた。その姿に憧れて落語に興味を持った人は数多く、上方落語の発展に大きな功績を残した。
いくら人気者になっても、先…
この記事は会員記事です。無料会員になると月5本までお読みいただけます。
残り:419文字/全文:828文字
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル