より甘く、より大きく、日本一の味を――。一般的な栗の約2倍の糖度を持つ希少な栗が、愛媛県伊予市にある。ひとりの男性が改良に改良を重ね、じっくりと育てている。とびきり甘い秋の味覚は、偶然の出会いから生まれた。
全国3位の栗の生産量を誇る愛媛県。中でも、県中部の山間地にある伊予市中山町は、「中山栗」の名で知られる栗の名産地だ。歴史は古く、江戸時代、このあたりを治めていた大洲藩が3代将軍・徳川家光に献上して称賛された、との言い伝えが残る。
その中山町の佐礼谷(されだに)地区の集落から車で10分ほど。山に入ると、東側に向かって開けた斜面に栗の木が数十本植えられていた。
「栗は日当たりが大事だから」。栗を育てている中岡進さん(73)が畑を案内してくれた。
木の幹を見ると、途中で直角に曲がったり、樹皮の見た目が途中で変わったり。「接ぎ木を2回、3回と繰り返したんです」
食べて感動できるものを作りたい
栗を育てて約40年になる。集落の人から「栗の振興を図ってくれ」と請われ、祖父の栗畑を継いだ。その時、「天津甘栗よりいいのを作る」と心に決めた。「誰が食べてもうまいなと思えるもの、食べて感動できるものを作りたいと思ってやってきた」
一般的な栗は一つのイガの中に実が3粒入っているが、真ん中の実は両端の実に押されるように、平たく小さい。中岡さんは、より大粒の実を作ろうと、一つのイガの中に実が二つの栗を目指し、雌花の一部をカットするなどして、改良してきた。
2012年ごろのこと。イガの中に1粒しか入っていない木を、畑の中で見つけた。不思議に思って、この大粒の実の比重を調べた。通常は水に浮く実が、沈んだ。検査会社に持ち込んで糖度を測ると、一般的な栗の約2倍あった。
「偶然に生まれたものだろう」と中岡さん。それでも「発見できたのは、ずっと理想の栗を思い続けてきたから」と胸を張る。
サレヤ金吉……地区と祖父の名前から命名
この栗を「サレヤ金吉(きんきち)」と名付け、育て始めた。「佐礼谷」という地区の名の読みを少し変え、栗栽培をしていた祖父の名を借りた。もっと増やせば、地域おこしにつながると考えた。
この木から穂木を取り、周囲の木に接ぎ木を繰り返し、少しずつ木を増やしてきた末、一つのイガに2粒の大きくて甘い実が入った栗ができた。19年には品種登録もした。
栽培しているのは、今はまだ中岡さんだけ。30アールの畑で昨年は180キロ採れたが、今年は夏の日照不足で80キロしか収穫できなかった。独自の戦いに、「ずっと勉強は続くよ」と表情を引き締める。
病気に弱く、育てるには根気が必要。だが、栽培に特別な技術は使わない。「肥料も農薬も、農協の指針に沿ったもの。誰でも作れるようでないといけない」
佐礼谷地区は高齢化が進み、中岡さんのもとには「もう栗をやめるから、畑をやってほしい」との相談が、集落の人から寄せられる。「やる気のある後継者が現れたら、栽培面積は一気に増やしたい」。先人たちが栗を育ててきたという歴史を守り、おいしい栗を作る後継者を育て、地域を少しでも盛り上げられたら。それが中岡さんの願いだ。
今年、「サレヤ金吉」を道の駅なかやま(伊予市中山町中山)で初めて販売することにした。甘さが際立つ焼き栗にして、完全予約制で売る。約250グラム2千円。ほかの中山栗は、地元では200グラム500円で売られており、決して安くはない。
それでも、「後継者が栗で生計を立てられるようにしたい。それに、一口食べてもらえたら、やみつきになるから」と中岡さん。道の駅なかやまの白尾義盛駅長も「中山で作ったものだから中山で売りましょうということで、試みることになった」と話す。
今月末から予約受け付け、来月から販売
売れれば、地域の名前をもっと知ってもらえる。桃栗三年柿八年。中岡さんは「焦らず、少しずつファンを増やしていきたい」と話している。
予約は道の駅(089・968・0636)。今月末から受け付けを始め、11月から毎週日曜限定で販売する。予約は販売日の2日前まで。(伊東邦昭)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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