川向こうの羽田空港を行き交う飛行機のジェット音が響く。
この町の「中心部」は、都営団地「東糀谷六丁目アパート」。5~12階建ての全5棟からなる。
団地のある大田区東糀谷6丁目は、東京23区内で最も高齢化が進む「限界集落」だ。
限界集落とは、65歳以上の高齢者が人口の半数を超えた地域のこと。20年に実施された国勢調査では、東糀谷6丁目は64%で、約3千ある23区の町丁目の中で最高だった。
パン屋、八百屋、文房具屋。かつて10軒ほど並んでいた1階の店はいずれも閉店し、「シャッター街」になっていた。
その中で、ちょうど真ん中辺りだけ、シャッターが開いていた。
コンビニチェーンの看板の上から貼られた「水戸屋天海(あまがい)酒店」の文字。「水戸屋」と呼ばれて親しまれる団地唯一の商店だ。
店内の商品はまばら。棚にあるのはレトルトカレーや缶飲料など、常温で日持ちするものだけ。奥の冷蔵庫は、「電気代が10万円を超え、売り上げ以上の負担だから」と、1年以上前から切ったままだ。
店を訪れた高齢女性が、店番をしていた店主の天海和則さん(55)に「お米を届けてほしいのだけど」と頼んだ。
店に米は置いていない。それでも、女性に代わって買いに行き、部屋まで届けているのだという。
「常連さんは父の代からで、自分の親のような存在。助けてあげたい、という思いがある」
最寄りの京急穴守稲荷駅からは、高齢者の足で徒歩で20分ほど。周囲はめっきやスクラップなどの町工場が軒を連ねる。
鉄道のどの駅からも徒歩20分以上かかるこの地を、住民たちは「離れ小島」と呼ぶ。
食料品を扱うスーパーまで1キロほどあり、高齢の住人は、バスに乗って行くか、ヘルパーさんに買い物をお願いするしかない。
一時期、野菜や魚の移動販売が来ていたが、買い支えることができず、次第に売りに来なくなった。
隣近所で、買いに行ける人に頼んでまとめて買って来てもらうこともあるが、トラブルの原因にもなっているという。
そんな住人たちの頼みの綱が、水戸屋なのだ。
配達員の仕事と掛け持ち、それでも「頼りにしてくれるから」
閉店時間は午後2時。だが…
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル