菅長官が縦割り排除 食品輸出のスピードアップ(産経新聞)

 農水産物や食品のさらなる輸出拡大に向け、菅義偉(すが・よしひで)官房長官が環境整備に乗り出した。現在、輸出は順調に伸びているが、さらに増やすには輸出先の規制に合わせた加工施設の認定などの対応が必要となる。ただ、そのための実務は複数の省庁にまたがり、機動性が失われているケースも多い。このため、来春にも菅氏の肝いりで農林水産省に司令塔組織を新設し、縦割りの排除を進める考えだ。

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 「日本の野菜や果物はアジアで大変な人気があり、輸出額もさらに大きく伸ばせる。行政上の対応の遅れによって、大きな可能性のある農産品の輸出が滞る事態を早急に解消したい」

 菅氏は4日、首相官邸で開いた農林水産物・食品の輸出拡大に向けた関係閣僚会議でこう述べ、政府が一丸となって輸出促進に取り組む姿勢を強調した。

 会議では、食品を輸出する際の衛生管理の審査などの業務を農水省に一元化する新体制に来春にも立ち上げることを決めた。この背景には、輸出拡大に向けた縦割り行政の弊害がある。

■審査遅い厚労省

 現在、農水産物の輸出拡大に向けて最大の課題となっているのが、食品衛生管理の国際基準「HACCP(ハサップ)」だ。

 HACCPは食品の製造・加工工程で食中毒菌などの有無をチェックし、結果を記録に残す仕組みだ。食品の原料の入荷から製造、出荷までの全工程で危害要因を予測し、ポイントを継続的に監視、記録するのが特長。米国やEUを中心に、農水産物を輸入する際にはHACCPで認定された施設での加工を義務付けるケースが増えている。

 各国と具体的な輸出量などを交渉するのは農水省が担当するが、HACCPの認定は、一部の例外を除き厚生労働省が担当している。実際、輸出に向けた商談を進めるにあたり、両者の足並みがそろわないケースが多かった。

 輸出をさらに増やすためには「食の安全」を世界基準で担保する必要がある。しかし、牛肉の加工施設のHACCP認定に2年近くかかるケースがあるなど、厚労省によるHACCP認定のスピードは遅いとの指摘は多い。

 ある政府関係者は「農水省も厚労省も人手不足といって体制整備に取り組もうとしない。縦割りの最たる弊害だ」と批判する。

■オランダ並みに

 こうした事例もある。EU向けにホタテを輸出するためには、EUが定める厳格な衛生基準を沿岸の都道府県が満たしているか確認する必要があるが、この制度に対応できているのは、北海道の網走中部、宗谷北部などの6海域と、青森県の陸奥湾東部にとどまっている。対応海域を拡大するためには、国側が各自治体と連携し、迅速な審査体制を確立させる必要もある。

 平成30年の農水産物輸出額は前年比12・4%増の9068億円と、過去最高を更新した。日本食ブームも手伝い、第2次安倍政権が発足した24年の約4500億円に比べ2倍に増えた。このペースなら、今年の1兆円目標は射程圏内だ。

 安倍政権は農業振興を地方創生の柱に据える。ただし、国内での消費は人口減少が進み、市場は縮小傾向だ。農水産物の輸出先として、海外に活路を求める必要性は日増しに大きくなっている。

 菅氏は「世界で食の流通市場は150兆円とみられている。わが国でいえば九州と同じ程度のオランダで約10兆円を輸出している」と指摘する。日本の農水産物の輸出額をオランダと比較しながら、まだ上積みは可能とみているのだ。

 ただし、対外交渉の窓口の農水省とHACCPを審査する厚労省がバラバラに動いていては、輸出を伸ばすための真の体制は整わない。菅氏が輸出促進を官邸主導で進め、農水省に審査業務を一元化する態勢を作った背景には、ある程度強権的に縦割りの弊害を壊す必要があった。

 今回の新体制の構築によって、今後は輸出先の規制に迅速に対応しながら輸出拡大に向けた交渉ができるようになると期待される。

■原発事故の輸出規制も障害に

 農水産物の輸出をめぐっては、東京電力福島第1原発事故の後に、23の国や地域・機関が続ける輸入制限(3月22日現在)も大きなハードルとなっている。最近では水産物の輸入禁止措置をめぐり、世界貿易機関(WTO)上級委員会で日本が韓国に逆転敗訴したこともあり、関係者には不安が広がっている。

 政権幹部は「もうWTOの枠組みは使えない。韓国側と協議していくことになる」と、2国間交渉に取り組む姿勢を示す。ただし、上級委の判断では日本産食品の安全性を否定しておらず、日本はここを強調して風評被害を防ぐ考えだ。同時に、韓国から輸入するヒラメのモニタリング検査を6月1日から強化した。実質的な対抗措置にも乗り出している。

 こうした中、規制撤廃・緩和の流れも出てきている。4月のWTO会合では、米国やEUなど11カ国・機関が上級委の判断を不当とする日本の立場を支持し、サウジアラビアの代表は「日本産食品は安全だ」と発言した。

 3月にはバーレーンが輸入規制を撤廃。さらに5月31日には、安倍首相と会談したフィリピンのドゥテルテ大統領が、福島県産水産物への輸入停止措置の解除を決めたことを明らかにした。政府関係者によると、食品の安全に関する国際会議などを通じ、首脳や事務方レベルで風評被害の払拭に努めてきたという。

 昨年12月に環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)、今年2月にはEUとの経済連携協定(EPA)が発効し、農水産物の輸出の重要性はさらに高まっていく。菅氏が政治力を駆使して輸出体制をどう整えていくか。手腕が試される。(政治部 中村智隆)

Source : 国内 – Yahoo!ニュース

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