東京を歩くと、様々な音が聞こえてきた。朝のラッシュ、交差点の雑踏、頭上を飛び交う鳥のさえずり。1400万人が暮らす首都には、人の数だけ音がある。積み重なったそれは、シンフォニー。「東京」と聞いて、あなたが思い浮かべる音は何ですか。
2018年10月に開場した豊洲市場(江東区)。83年続いた築地市場から移転し、19年の水産物取扱額は3972億円で国内最大規模を誇る。19年の新年の初競りでは、青森県大間産のマグロ278キロが史上最高値の3億3360万円(1キロ120万円)で落札された。仲卸業者「やま幸(ゆき)」の山口幸隆社長(58)は競りに参加して37年。「欲しいマグロの時は、今でも鐘の音を聞くとドキドキするね」
月島もんじゃ
もんじゃと言えば月島(中央区)。専門店が増えたのは、実は平成に入ってからだ。力士が登場する朝の連続ドラマや、都営大江戸線の全線開通(2000年)が背景にある。昭和30年代には四つしかなかった店が、いまや80以上。最古参のひとつ「バンビ」の松井勝美さん(71)は、「お袋が店を始めたころは、こんなはやるなんて思ってなかったみたいよ。ありがたい話だよ、本当に」。
航空機の着陸回数が日本一の羽田空港(大田区)。国内線、国際線が乗り入れ、新型コロナの感染拡大前の2019年度は約22万6千回着陸した。20年度は約11万3千回と半減したが、最多だった。展望デッキから、絶え間なく離着陸する様子が見える。機体にレンズを向けていた神奈川県藤沢市の小川英利さん(66)は「エンジン音は心地よい響き。この低音を聞くとわくわくします」。
上野公園内にある寛永寺(台東区)の「時の鐘」。1669年に設けられ、松尾芭蕉が「花の雲 鐘は上野か 浅草か」と詠んだ。寺によると、現在の鐘は1787年につくられ、毎日午前6時、正午、午後6時の計3回、時を告げる。寺職員の小林円観さん(47)は「スマホを見れば時間がわかる便利な現代に、江戸時代から変わらない音を聞くと、自然と歴史へ思いをはせてしまいます」。
秋葉原のゲームセンター
ビル1棟丸ごとなど、大規模なゲームセンターが乱立する秋葉原(千代田区)。秋葉原観光推進協会によると、1990年代から電器店の跡地に入るようになったという。セガ秋葉原1号館へ友人と訪れた高校3年の清野大地さん(18)は「店内の音を聞くだけで『来たー!』て感じ」。普段はオンラインゲーム派。ゲーセンの魅力は対戦相手の顔が見え、健闘をたたえ合えることという。
竹芝埠頭
1934年完成の竹芝埠頭(ふとう、港区)。全長約470メートルの桟橋に伊豆・小笠原諸島へ向かう客船が停留している。東海汽船によると、伊豆諸島間の乗降客数はコロナ前の年間約70万~80万人から一昨年は約37万人に(横浜発など含む)。仕事で立ち寄った男性(63)が船を眺めていた。ダイビングや釣りが趣味で、休みさえあれば離島で過ごした。汽笛が鳴った。「また行きたいね」とつぶやいた。
10カ所に設置された信号が青に変わると、スクランブル交差点(渋谷区)に人が流れ込んだ。信号が変わるまで、約47秒間。渋谷センター商店街振興組合によると、「多い時で約3千人」が渡るという。交差点に近い薬局の男性店員(53)は、新型コロナの影響で「今は1千人いるかいないか」と話す。コロナ前は英語や中国語など多くの外国語が飛び交った。「早く活気が戻ってほしい」
1日の平均乗降客数が350万人超で「世界で最も忙しい駅」と2018年にギネス世界記録に認定された新宿駅(新宿区)。JR東日本など5社、11路線が乗り入れる。駅とその周辺は2040年代を見据え、都や区などが大規模な再開発の計画を進める。大学進学で山形市から上京した千場優輝さん(18)は「靴も歩幅も違うのに、規則性があるように聞こえる。朝のラッシュは東京に来た感じがする」。
都心から日帰りで山歩きが楽しめる高尾山(八王子市)。季節によって異なるが、多いときには十数種もの鳥が頭上を飛ぶ。ふと見上げても、素早く移動する鳥を見つけるのは難しい。鳴き声だけが、良く聞こえる。昨年12月に訪れた国分寺市の女性(61)は「最初は紅葉に気を取られちゃって。でも気づいたら、たくさんの種類の鳴き声が聞こえた」。自然の中に入ったと、実感したという。
払沢の滝
大小合わせ、50以上の滝がある檜原村。「払沢(ほっさわ)の滝」は都内で唯一、「日本の滝百選」に選ばれている。全体の落差は62メートル。遊歩道から見えるのは、最下段の20メートルほどと全体の三分の一だが、近づくと流水の音が腹に響く。村観光協会の川端恵美さん(58)は滝のすぐ近くに住み、よく散歩に出る。「山に入るとまず『外界』の音が絶たれる。徐々に滝が現れる。その迫力はすごいものです」
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル