身近なパニック障害、IKKOさん「どんだけぇー」実は

皆さんの身近な困りごとや疑問をSNSで募集中。「#N4U」取材班が深掘りします。

 死んでしまうかも――。突然の発作で恐怖や不安に襲われる「パニック障害」。ジャニーズ事務所の人気アイドルが相次いで公表するなど、よく耳にするようになった。自分や家族に発作が起きたらどうしたらいいのか。

 身近な困りごとや疑問を募って取材する「#ニュース4U」取材班の記者のツイッターに、「パニック障害について取材してほしい」という声が寄せられた。

 メッセージをくれたのは、大阪府河内長野市の玉置織奈(しきな)さん(28)。18歳の夏、予備校に向かう電車内で突然、倒れた。「疲れがたまっていたのかな」と感じたが、それ以降、電車に乗ると発作が起きるようになり、駅に行くだけで吐き気に襲われるようにもなった。病院に行くと「パニック障害」と診断された。

 玉置さんは「初めての大きな発作は本気で死ぬかもしれないと思う」と話す。

拡大するパニック障害の人たちに美容室や歯科を紹介するサイト「re:leaf(リリーフ)」を開設した玉置織奈さん(右)。サイトに掲載し、自らも通う美容室でオーナーと談笑した=大阪府大阪狭山市

手が震え、ノートが汗でびっしょり

 予備校でも動悸(どうき)や手の震えが止まらず、ノートやテスト用紙が汗でびっしょりに。トイレに逃げ込んでいたが、教室に入ることもできなくなった。玉置さんは家にこもるようになった。

 発症から10年。医療関係の仕事をしながら今も通院を継続。投薬治療を受けているが、病状は一進一退を繰り返している。

 玉置さんは自身の性格がパニック障害の一因となったと考えている。「困っても、誰かに頼らず我慢してしまったり、迷惑をかけてしまうのではと不安に感じたり。助けてほしいと言えない」

 そこで思いついた。「パニック障害で人知れず悩んでいる人に、私が同じ目線で救いの手を差し伸べる立場になれないかな」

安心して訪れられる施設は?

 昨年8月、パニック障害の人たちが安心して訪れられる美容室や歯科などを紹介するサイト「re(リ):leaf(リーフ)」(https://releaf.info)を開設した。同じ不安障害の一つで、完食できない不安で食べられなくなる「会食恐怖症」を克服するオンライン勉強会で知り合った仲間とともに情報を集め、記事を書いている。

拡大するパニック障害で苦しむ人たちが安心して利用できる飲食店や歯医者を紹介するサイト「re:leaf」

 パニック障害の患者にとって、美容室や歯科は逃げ場がなく、特に不安になりやすい。「広場恐怖症」と呼ばれる症状で、一度発作が起こると、「また苦しくなるのでは」という「予期不安」が襲うのが特徴だ。

 玉置さん自身の行きつけで大阪狭山市にある「Mstyle(エムスタイル)」は、パニック障害を抱える人たちが安心して訪れられる美容室の一つ。貸し切りでトイレに近い席を用意し、洗髪で顔にタオルを掛けない。

拡大するパニック障害を抱えている人でも安心して通える美容室「Mstyle(エムスタイル)」=大阪府大阪狭山市

 オーナーのMEGUさん(34)は玉置さんを通じてパニック障害への理解を深めた。「具合が悪くなれば、休憩してもらって待ちます。途中でも終われるタイミングであれば、続きは後日でもいいです」と話す。

 re:leafに掲載されている店と病院は関東と関西の計6カ所だが、3年後には全国100カ所を目指す。玉置さんは「パニック障害で悩んでいる人が安心して豊かな人生を歩めるようにしたい」と話す。

街や列車内で見かけたらどうする?

 では、街や列車内などで発作を起こして苦しんでいる人を見かけた時、どうしたらいいのか。玉置さんはパニック障害か他の病気の発作か、見極めるのは難しいと言う。

 re:leafでは、当事者が持ち歩く「お助けカード」を用意している。「15分程度で収まります」「人気のない静かな所まで移動の手助けをしていただけましたら幸いです」「救急車を呼ぶ必要はありません」などパニック障害の対処法が書かれている。

拡大するre:leafが作製した「パニックお助けカード」。お店などで提示してパニック障害を理解してもらうために使う

 2年前に発症して自宅療養中の長崎県に住む女性(37)も同じようなカードを携帯している。「周りに迷惑をかけたらどうしようという気持ちが強く、不安が大きくなる。命に関わる発作ではないと周囲に知ってもらうことが大事だと思う」と話す。

発作を起こすのは10人に1人

 厚生労働省によると、パニック障害は不安障害の一種で、国内の患者数は1996年に約3千人だったが、2017年には8万3千人にまで増えている。

 ジャニーズ事務所に所属する「King&Prince」の岩橋玄樹さんや「Sexy Zone」の松島聡さんが2018年に相次いで公表。堂本剛さんや長嶋一茂さんら有名人の患者も少なくない。

 治療を多く手がけてきた昭和大付属烏山病院(東京都世田谷区)の岩波明院長(精神科)によると、パニック障害は脳内の不安に関する神経系の機能異常により、セロトニンなど神経伝達物質がアンバランスになることで起きる。

 発作は突然出るが、次第に収まり、死に直結することはない。10人に1人の割合で一生のうち1回は発作を起こすといい、「まずは身体的な異常を考え、内科などを受診して心電図や血液の検査などをすることが必要」と岩波院長は話す。

 発作を繰り返してパニック障害になると、うつ病など他の精神障害を併発し、日常生活に支障が出ることもある。特に進学や就職など環境の変化が激しく、ストレスに直面しやすい10~20代で発症するケースが目立つという。

 岩波院長は「年齢や性別に関係なく、誰にでも起こる可能性がある。昔はパニック障害が知られていなかったこともあるが、オーバーワークが増えている現代の方が起こりやすい面はある」と指摘する。

渋滞にはまりパニックに

 テレビ番組でおなじみの美容家のIKKOさん(57)もパニック障害の症状と今も向き合っている。

 東京都港区のビル内にある事務所を昨年11月下旬に訪れた。メイク道具や香水がいくつも置かれ、大鏡や照明も備えた、きらびやかな雰囲気だ。その名も「美工房」と呼ばれる。

 いつもの着物姿でIKKOさんが現れると、スタッフの動きが慌ただしくなる。撮影準備のため、自身が座るソファ椅子の周りの花飾りの位置を指示。記者とカメラマンとも取材と撮影の段取りを細かく確認した。

 「美容家としては完璧主義なんです」。そう話すIKKOさんの表情は硬く、バラエティー番組で見せる顔とは違った。取材が始まると、パニック障害の症状について、静かな口調で話し始めた。

拡大するインタビューに応じるIKKOさん=2019年11月23日、東京都港区、遠藤啓生撮影

 発症したのは39歳の秋。ヘアメイクの個人事務所「アトリエIKKO」を経営していた。この日もメイクを終え、タレントを送り出すと、急に後頭部に強い張りを感じた。その後、病院に向かったが、渋滞にはまり、パニックになった。検査では、血圧は200を超え、脈拍も上がる一方。1週間ほど入院した。

 本当に大変だったのは、退院してからだった。電話の呼び鈴が鳴ると発作が起き、ホテルの2階以上へも行けなくなった。特にひどかったのは雨の高速道の車内。めまいがして息ができなくなっていく。舌もしびれ、関節に力が入らなくなる。

「大丈夫」のメモを胸ポケットに忍ばせ

 その年の暮れ。3時間生放送の番組にヘアメイク担当として参加。緊張感とともに狭いスタジオで逃げ場のない不安に駆られた。入院した時にお世話になった女性医師から「大丈夫、大丈夫」と書いてもらった小さなメモを胸ポケットに忍ばせていた。発作が起きそうになると、胸に手を当てた。「大丈夫、大丈夫」。なんとか乗り切った。

 「部屋に髪の毛1本落ちているのも嫌」という完璧主義。特に美容家、経営者として、スタッフの育成に力を注いでいた。一人前に育てては巣立ち、また新人が来る。「はい、ティッシュ」。そう要求し、手に届くリズムが崩れることもストレスになっていたという。

 そんなIKKOさんを救ったのはテレビ出演だった。発症から1年半余り、TBS系の情報番組で密着取材を受けた。これが好評で、番組出演が増えていった。

 「IKKOさん、楽しんでくださいね」。番組スタッフの一言で肩の力が抜けた。目をつり上げてストイックに仕事をしてきたが、番組の出演者にいじられて笑っている自分がいた。初めての経験だった。

 「『笑う』ということが付け加えられた人生が始まったんです」

 それでも期待に応えたいという思いが強く、汗が止まらないときもある。代名詞でもある「どんだけぇー」も言葉自体は新宿2丁目で流行していたが、人さし指を立てて振る動作は緊張で手が震えたことから生まれたという。

「外に出て深呼吸」…自身の対処法編み出す

 美容家とテレビ出演。この二つが少しずつ交わり、心のバランスを取ってくれた。「パニック障害の症状を軽やかにしてくれた」。IKKOさんはにこやかに振り返る。

 ただ、テレビ番組に引っ張りだこの今でも症状が出ることはあるという。雑誌の連載や化粧品の勉強会などに追われ、睡眠時間が2時間ほどの時は症状が出ることもある。薬は頻繁に飲むわけではないが、お守り代わりだという。

拡大するインタビューに応じるIKKOさん=2019年11月23日、東京都港区、遠藤啓生撮影

 パニック障害との付き合いが長くなり、自身の対処法を編み出したという。

 ちょっと体調が悪いと思ったら「外に出て深呼吸」。肩こりをほぐし、血流をよくする。家はダウンライトにして落ち着ける空間にする。何をしたら、どういう環境だったら安心できるか、自分に合った対処法を見つけることが大事だという。

 最後に、パニック障害に苦しむ人たちに、メッセージを送ってくれた。

 「もう苦しまないで。外で太陽を見ながら、ゆっくり有酸素運動するだけでずいぶん違ってくると思います」。そう言うと、右手の人さし指を立て、「大丈夫! 大丈夫!」。明るい声を弾ませた。(波多野大介)

     ◇

《IKKO、イッコー》 本名は豊田一幸。1962年、福岡県出身。美容家。92年に「アトリエIKKO」を設立。有名女優や故逸見政孝さんらのヘアメイクを担当した。「どんだけぇ~」「まぼろし~」などの決めセリフでテレビ番組で活躍するほか、「男にも読んでもらいたいオンナ塾」「IKKO心の格言200」などの著書がある。


Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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