早朝に飛び乗った新幹線の席について、注ぎたてのコーヒーでほっと一息――。そんな光景がじわり変化している。「駅ナカ」店舗に押される中、JR東日本は車内での販売を6月いっぱいで取りやめた。一方で、JR東海と西日本が運行する東海道・山陽新幹線では、そのサービスを進化させていた。なぜ判断が分かれたのか。背景を探った。
新幹線出張が多い東京都内に住む会社員の男性(31)。行きの車内で最初に回ってくるワゴン販売でホットコーヒーを買い、それを飲みながら資料確認するのが「出張の儀式のようなもの」という。
JR東の販売中止について聞くと、「缶コーヒーとは香りが違う。乗車前にコーヒースタンドに寄るのは面倒だし、途中でお代わりが欲しくなったらどうすればいいの」と残念がる。
コーヒーの車内販売には、新幹線が開業する前からの長い歴史がある。
JR東管内で車内販売を手がけてきた日本レストランエンタプライズ(NRE)によると、NREの前身の「日本食堂」が発足した1938(昭和13)年には、すでに列車食堂で販売されていた記録が残っているという。ポットから注ぐ形で提供していたコーヒーは、1杯320円と高めの価格設定だったが、売り上げ全体の4分の1を占める「超定番商品」だった。
品質にもこだわりがあった。
東京や仙台といった主要駅にある車内販売の基地で抽出し、約28杯分を車内に持ち込んでいた。売り切れると、車内にあるコーヒーメーカーで新たに抽出。鮮度を保つため、抽出から2時間を過ぎると廃棄していた。
だが、車内販売を取り巻く厳しい環境には勝てなかった。
駅ナカ店舗やコンビニが充実するにつれ、乗車前に飲み物や食べ物を購入する客が急増。車内販売の売り上げはピーク時の2000年前後と比べてほぼ半減し、コーヒーの売り上げもこの1年間で約3割減ったという。
JR各社は売り上げ減と人手不足を理由に、今年3月から車内販売を大幅に縮小し、北海道や秋田、九州各新幹線は車内販売そのものをやめた。東北や上越、山形各新幹線では取扱商品を絞り込み、弁当や土産物の販売を中止した。今回、JR東の再度の見直しで、車内で注ぎたてのホットコーヒーを楽しめるのは、東海道・山陽新幹線だけになった。
持ち込み客が増え続ける状況は、ビジネス客が多い東海道・山陽新幹線でも変わらないといい、JR東海と西日本も「こだま」での車内販売は12年までに中止している。
だが、コーヒーについての判断は他のJR各社と異なった。両社が選んだのは、積極的な売り込み策だった。
東海道新幹線(東京―新大阪)では昨年9月、コーヒー豆や焙煎(ばいせん)方法を3年ぶりにリニューアルした。人気コーヒーチェーンの最新トレンドなどを分析して「コクと香りを磨き上げた」といい、都内有名スイーツ店の焼き菓子とのセット販売も始めた。山陽新幹線(新大阪―博多)は昨年末から、朝限定でコーヒーカップのサイズを無料で大きくする「増量キャンペーン」を続けている。
こうしたサービスを展開する背景には、乗り方の変化も反映している。
簡単に乗る列車を変更できるネット予約の普及で、駅に着くとすぐに列車に飛び乗る乗客は増えており、東海道新幹線の車内販売を手がける「ジェイアール東海パッセンジャーズ」の浅賀教博・営業推進部長によると、車内販売のニーズはまだまだ高いという。
浅賀部長は「お客様が飲みたいと思ったタイミングで温かいコーヒーを提供するのは、車内で快適な時間を過ごしてもらうために必要なサービス」と話す。(細沢礼輝)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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