迫る日没、リミットは1時間 犬は不明女性を探し続けた

 1人の女性が、愛犬のもとにタタッと駆け寄る。「ローズ、行くよ!」。タイムリミットは1時間。事情を知らないローズは、はしゃいでしっぽを振っている。果たしてそのミッションは――。

 2月7日昼過ぎ。ドッグトレーナーの田渕紗耶香さん(34)は、職場がある長崎県諫早市に高速道路を飛ばして戻ってきた。この日午前、仕事で訪れていた佐世保市でスマホが震えた。「新上五島町で捜索要請」。県警本部からの電話だった。

 田渕さんは、県警の嘱託警察犬指導手でもある。今回の「相棒」は、シェパードのローズだ。生後2カ月から田渕さんに育てられているメスのシェパード。今年で5歳になる。

 本土から50キロ離れた離島まで、県警のヘリコプターで一緒に飛んだ。80代の女性が、昨日から行方不明になっていた。

 情報はもうひとつあった。帰路はヘリではなく、小さな警備艇を使う。日没までに戻るには、午後5時に島を離れなければいけない。現地での移動でも時間を使う。捜索にあてられるのは、実質1時間だけだ。田渕さんは緊張でドキドキした。

 午後3時半過ぎ、女性が最後に目撃されたという道路沿いの現場に着いた。女性のパジャマのにおいをかがせると、ぐいぐい歩き始める。最初の大きな分かれ道。ローズは迷わず、右を選んだ。

 警察犬としてのローズの経験は浅く、行方不明者捜索の経験は1度だけ。その時は見つけられなかった。「性格もダラ~っとのんびりしていて。警察犬らしくないんです」。実はヘリコプターの道中、緊張する田渕さんの隣でローズは熟睡していたのだ。

 でも捜索を始めると、ローズは違った。舗装された道路から細い農道へ入って約400メートル、一度も足を止めなかった。

 山の中の「けもの道」へ入っていく。田渕さんはローズの首輪につないでいたリードを外した。木が生い茂り薄暗い。つるが絡んだ斜面を、ローズは軽快に進む。その背中に田渕さんは自信を感じた。「今日ならきっと見つけてくれる……」

 しかし時間切れだった。山に入り100メートルほど。警察官が田渕さんに声をかけた。「時間が押している。もう、帰りましょう」。捜索は終わり。疲れがどっと出たのか、ローズはその場で眠り込んでしまった。

 この日も田渕さんとローズは行方不明者を見つけられなかった。漁港から帰りの船に乗ろうとしたときに田渕さんに、警察官が言った。「どうしても警察犬に捜索してほしいという、ご家族の依頼だったんです。どれだけ捜しても、見つからないからと」。「申し訳ない」。自分を責める田渕さんの横で、ローズはまたしても眠ってしまった。

 田渕さんのスマホがまた鳴ったのは、翌日の午前10時ごろだ。捜索を再開した警察官が、女性を見つけたという。山の斜面のくぼみで、うずくまっていた。田渕さんとローズがたどり着いた場所から、100メートルと離れていない場所だった。

 連絡を受けた田渕さんはローズのもとに駆けより、「よくできたね。間違ってなかったよ」と頭をなでた。ローズはしっぽを振って喜んだ。

 2月28日、田渕さんとローズは県警本部を訪れた。感謝状の贈呈式だ。「早く見つかってほしいという一心でした。命に別条がないと聞き、なによりです」と田渕さん。ローズは感謝状には目もくれず、「副賞」のささみジャーキーにかじりついていた。(横山輝)


Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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