運転上の危険を安全に体験できます――。読む人を戸惑わせるモットーを掲げる施設が、茨城県ひたちなか市にある。
自動車安全運転センターが運営する「安全運転中央研修所」だ。東京ドーム約20個分の敷地に、タイル舗装に水を流して滑りやすさを極めた「スキッドパン」や、バイクで急勾配や岩を乗り越える「トライアルコース」など、引き返したくなる悪路の数々が待ち受ける。
今年で設立30周年を迎え、これまでに約41万人が研修を受けた。おもな対象は、警察官やバス運転手、教習所の指導員などの運転のプロだ。一方、金融機関の営業や介護職など仕事で車を使う機会の多い人が利用する一般向けのメニューも用意する。海外の警察が視察に訪れたこともある。
記者(25)は、運転歴1年弱。生の現場を伝える使命感と身の程知らずな冒険心がうずき、研修を受けてみた。
まずは時速40キロからの急ブレーキの練習。最近の車の多くは急ブレーキ時もハンドル操作ができるよう、車輪のロックを防ぐ安全装置(ABS)がついている。「ガガガ」という音や振動がすれば、作動した証しだ。
指導歴29年の滝口禎雅(ただまさ)教官(63)は、「一発でABSが作動するのは、研修生の1割」。ブレーキを思いっきり踏むのがコツと教わり張り切って挑むも、待望の「ガガガ」は聞けず、滝口教官が助手席でニヤリ。「その座り方では、力の半分も伝わりません」
背中やおしりをシートに密着させ、ひじやひざが伸びないよう座席の位置を前にセットした。するとブレーキを踏んでも体が上に逃げず、難なく作動した。
達成感を得られたのはここまで。その後はスキッドパンで急ハンドルを切って横滑りし、カーブ中にアクセルを踏み込んでスピン。記憶にあるのは、「うええ」といううめき声と、水しぶきの中に見えた虹。最後は、運転中に突如目の前の路面からあがる噴水に突っ込んだ。
制御が利かず、人の無力さを痛感した。滝口教官は「研修の一番の目的は運転技術の向上ではない」と話す。「怖さを知らないのが一番怖い。包丁の怖さは指を切れば分かる。車の怖さはここで学んで」。なるほど。
これが公道なら、私は今日何回死んだのだろう。様々なパターンでの無残な末路が脳裏に浮かんだ。「身をもって学ぶ」という真の良薬は、とても苦かった。(大谷百合絵)
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〈安全運転中央研修所〉 JR勝田駅から車で約20分で、国営ひたち海浜公園に隣接する。コロナ禍の中、入念な感染対策の上で宿泊を伴う研修も受け付けている。敷地内には付属施設として「交通公園」があり、子ども対象の交通安全研修なども行う。有料。研修所についての問い合わせは029・265・9555。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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