東日本大震災という未曽有の大災害は、日本の社会や経済、歴史に何をもたらしたのでしょうか。経済史の泰斗である猪木武徳・大阪大学名誉教授に、文明史の視点から聞きました。
――地震や疫病などの災害は、経済や文明の歴史にどんな影響を与えてきたのでしょうか。
「難しい大きな問題ですね。例えば、西欧経済史でしばしば、1665年の英国でのペスト大流行と翌66年のロンドン大火の影響で、1675年にグリニッジ天文台がつくられるなど、科学や技術の研究が奨励されるようになったと言われることがあります。また、大火を契機に、火災保険が生まれたと説明されます」
「それはまったくの間違いとは言えません。けれど、貿易のための海上輸送が重要になった時代には、洋上の船の位置を正確に知ることが喫緊の課題でしたから、ペストや大火がなくてもグリニッジ天文台はつくられたはずです。火災保険会社も、大火の15年くらい後ですから、大火が直接のきっかけだったとも言いにくい。大火なしでも、火災に保険をかける仕組みは生まれていたと思います」
――ポルトガルの繁栄は、1755年のリスボン地震で終止符を打たれたといわれますね。
「確かにそうも言えるでしょう。ただ、大航海の時代は終わっており、18世紀に入ってもポルトガルはワインの他に競争力のある国内産業を育成できなかった。英国の経済的な勃興の中で、リスボン地震がとどめを刺した。ポルトガルの衰退の理由を地震だけに求めることはできないでしょう」
「災害が、社会の中に存在するマグマの発出を加速させたり、ブレーキをかけたりすることは確かにあるかもしれない。しかし、流れの方向を完全に変えたと言えるものは少ないように思います」
――東日本大震災や原発事故は、日本の経済や社会に大きな影響を及ぼしたように見えました。
「それでも、歴史の流れを大きく変えたかどうかは、現時点ではなんとも言えません。ただ、少なくとも震災後の数年間、私自身のメンタリティーを変えたことは確かでした」
「先日、宮城県東松島市の復興についてのドキュメンタリー番組を見ました。巨大な津波に襲われた地域の住民が議論を重ねて、行政やNPOの協力で、高台への集団移転を実現させるプロセスを追っていました。印象に残ったのは、市の幹部職員の方が『復興とは、私たちにとって自立でした』と語っていたことです。大変重い言葉です」
――なぜ重いのでしょう。
「スペインの哲学者オルテガが…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル