小学校に上がる前、母に連れられて母の実家によく行っていた。座敷には囲炉裏があり、頑固そうな顔をした曽祖父がいつも同じ場所に座っていた。怖い印象しか記憶に残っていない。
岐阜県下呂市萩原町四美にあるエドヒガンザクラの「岩太郎のしだれ桜」。近くに住む桂川幾郎さん(74)は、十数年前に桜の名所になって初めて曽祖父が植えた桜と知り、驚きとともに親近感を覚えた。
以前、叔父から聞いた話によると、明治時代の中ごろ、若かった曽祖父の松井岩太郎さんが、自転車で30キロ離れた村まで蚕の卵を売りに行った。その帰り道にお寺でしだれ桜の苗を手に入れ、自転車の荷台に縛りつけて持ち帰ったという。「風流を解するようには見えなかった人が桜の木を植えたとは」
それから130年以上。高さ約15メートル、幹回り約3メートルの巨木に成長した。斜面から市道に幹が張り出し、トンネルのように枝が垂れ下がる。
今年も威厳のある花を咲かせた岩太郎桜。昨年100歳を迎えた母貞子さんと一緒に眺めた。「みんなに喜ばれるいいものを残してくれた」
長い時を越えて、子孫と地域を見守り続けている。(溝脇正)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル