ロックバンド「RADWIMPS」ボーカルの野田洋次郎さんは、ほぼ毎年3月11日に、震災にまつわる曲を発表してきた。震災直後は多くのミュージシャンが被災地を支援したが、継続してきた人は少ない。愛する人への思いや、この世の不条理、宗教的な世界観を独特の歌詞で表現し、若い世代から圧倒的な支持を受けてきた野田さんは、なぜ被災者の痛みと向き合い続けるのか。
――10年前のあの日、どこで何をしていましたか。
「自宅で風呂に入っていました。ちょうど3月9日に『絶体絶命』というアルバムが出たので、10日に打ち上げがあって。翌日、遅く起きたんですけど、ものすごい揺れに、ひとまず素っ裸のままリビングへ走って、家具を押さえました」
のだ・ようじろう 1985年、東京都生まれ。映画「君の名は。」「天気の子」の楽曲を制作したほか、俳優としても活躍。
――3日後には、被災地へのメッセージと義援金を集めるサイトを立ち上げました。でもほかのミュージシャンのように、曲は作りませんでした。
「家を流されたり、真っ黒な夜を過ごしたりする人たちがいるのに、僕たちは何もできない。何千万の人が、あれだけ無力感を感じたことって、なかなかないと思うんです。だったらまず、その思いをとどめておくべきだし、少しでも伝わってほしいと思って」
「もっと根っこの部分でいうと、3月11日から何日も、どうしても眠れなくて。心臓がバクバクして、自分で何かしないと正気が保てないような感じだったこともありました」
――そんな気持ちになったのは初めてですか。
「僕の人生では、初めてですね。誰も無視できないぐらいの衝撃があったので、振り回されたというか、ぶん投げられたというか。そのエネルギーに対して、僕が何かしらエネルギーを返さずにはいられないという感じでした」
――震災の曲を作ったのは、それから1年後です。1年かかって「やっぱり作ろう」と思えるようになったのでしょうか。
「実はよく覚えていないのです…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル