ふうっと春風が吹き抜けた。田んぼをぬうあぜ道ではタンポポが咲き始め、空のどこかで、今年も里帰りしてきたツバメたちが「チュピッ、チュピッ」と甲高い声を響かせていた。
3月の栃木県日光市。
縁側つづきの茶の間で、窓ごしにその声を聞きながら、カーディガンを羽織った女性(70)はじっと座っていた。玄関や茶の間などあちこちの天井近くに、空っぽになった古いツバメの巣がある。女性は外に目をやり、うつむいた。
ツバメたちと家族のような付き合いが始まったのは25年前。同居していた義母が亡くなり、夫婦2人の生活になった。茶の間でテレビを見ていると、たまたま開けていた、さほど広くもない引き戸の玄関から、なぜか2羽のツバメが舞い込んだ。わらや土をくわえてきては巣作りを始め、夫は「母さんの生まれ変わりだ」と笑顔を見せた。
2羽の出入りのため、昼間は玄関を開けっ放しにしてやった。毎朝、午前4時ごろの親鳥の鳴き声で目を覚まし、フンで汚れないように畳や床に敷いた新聞紙を取り換える。ヒナが生まれると、ツバメは夫婦に知らせるかのように、最初にかえった卵の殻をくわえて落とした。
翌年も、その翌年も、それから…
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル