開発か保護か、対立越えて 農家育んだタンチョウ、100年ぶり繁殖

 「長沼町の農作は水害との戦いでした」

 「舞鶴遊水地にタンチョウを呼び戻す会」の加藤幸一さん(71)は、タンチョウが飛来しなくなった後の町の歴史をそう振り返る。

 北海道石狩平野の南東部に位置する長沼町は、総面積168平方キロの3分の2を農地がしめる農業の町だ。標高7~15メートルの低地を囲むように夕張川千歳川、旧夕張川、嶮淵(けぬふち)川などが流れる。これら石狩川水系は普段は農地を潤すが、ひとたび氾濫(はんらん)すれば容赦なく農作物を文字どおり水泡に帰してきた。

 戦後最大の水害は1981(昭和56)年8月の石狩川大洪水。長沼町では石狩川支流の堤防が決壊し、住宅約1千世帯と田畑約67・6平方キロが水につかった。被害総額は67億円超。地元では「56水害」と記憶される。

 この水害を受けて北海道開発局は82年、石狩川に合流する千歳川を太平洋につなぐ「千歳川放水路計画」を策定。しかし、自然をくりぬく放水路の建設に環境保護団体、放水の漁場への影響を懸念する太平洋側の漁業者らが猛反対した。

 計画をめぐり推進派と反対派が対立した。両者は集会で旗やプラカードを掲げシュプレヒコールをあげた。計画は膠着(こうちゃく)したまま99年に中止。代わりの治水事業として2015年にできたのが、河川洪水時に水をためる舞鶴遊水地だった。

 農地開発の末にできた遊水地に、農地開発の末に消えたタンチョウを呼び戻す――。そんな夢のような取り組みを、加藤さんら町内の農家14人が思いついた。

 呼び戻す会が活動を始めて2…

Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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