1番ガニがサンバーイ!
2番ガニはゴハーーイ!
福井県越前町の越前漁港。カニ漁が始まって1カ月が経過した12月7日の朝に訪れると、そこは競りの活気に満ちていた。
地べたにびっしりと並ぶカニ。辺りに響く競り人のかけ声。仲買人たちは次々と競り落とし、発泡スチロールに入れて素早く運び出していく。
「今年は高いぞ」
競りの手伝いをしていた元漁師の男性。高揚感たっぷりにこう話した。
タラバガニ、毛ガニ、ワタリガニ……。中でも「ズワイガニは甘みもうまみも抜群」(男性)。とりわけ、福井ブランドの「越前がに」は、三国港(坂井市)に水揚げされた雄ガニが皇室へ毎年「献上がに」として送られるなど、地元の誇りでもある。
競り場の近くで船を片付けていたのは、漁師の家に生まれて4代目の山下弘嗣さん(34)。「カニのシーズンで年収の8割くらい稼ぐ」と胸を張った。
県内では1997年以降、産地を証明する黄色のタグをつけ始め、ブランド化が進んだ。2015年からは重さ1・3キロ以上など、条件をクリアした雄ガニを最高級の「極(きわみ)」として売り出している。11月にあった町内の朝市には、県外ナンバーの車が押し寄せ、飛ぶように売れていた。
町内の越前海岸沿いには、祖父母が同県坂井市出身の作家・開高健(1930~89)がカニを食べに通った旅館「こばせ」がある。5代目の長谷裕司(ひろし)さん(60)によると、食通の開高が、旅雑誌の編集部に紹介されて最初に訪れたのは1965年だったという。
雄も雌もよく食べた開高が残した色紙が旅館のロビーにある。
作家・開高健が愛したのは、いったいどんな特製丼だったのでしょうか。記事の後半で紹介します。
「この家ではいい雲古の出るものを食べさせてくれます」
ちゃめっ気あふれる開高が「やってごらんなさい」と作らせたのが、2合の飯にセイコガニ(雌)8パイ分の身を乗っけた丼だ。
今は「開高丼」として、ハーフサイズまで3種類が客に提供されている。しゃりしゃりした外子(受精卵)と濃厚な内子(卵巣)、うまみの強いみそなどが絡み合って、まさに日本海の宝石箱に思える。「名前をいただいた分、プレッシャーも感じる」と長谷さんが言う。
開高と同じ大きさの丼を食べなければ取材を尽くしたことにならない――。そう考えて長谷さんにオリジナルサイズのもの(税込み1万5400円)を相談してみたが、急な依頼のため、小さな丼も含めてかなわなかった。
一方で、カニは庶民の手が届きにくくなっている。
県水産課によると、「水ガニ」と呼ばれる脱皮直後の雄ガニも含めた平均では、キロ単価で2004年に3604円だったのが、20年は6289円と倍近くに。今年も11月末までに6088円。年末に価格は高騰するため、昨年とそう変わらなくなるだろう。
流通の仕方も独特だ。越前町漁協の南直樹さん(57)によると、多くの仲買人は注文を受けたうえで仕入れるから、一般の市場に並ぶカニは少ないという。
カニ旅館に料亭、すし店。競りでの売買の時点で卸し先も、入る口までもが決まっていることが多く、特に「今年は1キロで2万7千円から3万円程度」(南さん)という雄ガニは庶民の口になかなか入らないのが現実だ。
県内のある旅館ではセリ値の高騰を理由に、今シーズンは途中で越前ガニのランチをやめた。スタッフの女性によると、宿泊客はさすがに受けているが「もうけは全然ない」と明かす。漁師の山下さんも「漁師にとってはありがたいんだけど、お客さんに直接売るところでは本当に大変」と心配する。
そうした問題も認識しつつ、取材の仕上げにどこかで食べなければ。福井市中心部のお食事処「飛驒」でセイコガニ(この日は2500円)を出してもらった。
越前漁港に揚がった一匹。身は食べやすくきれいに並んでいる。ふと、疑問が浮かんできた。福井の酒と合わせると、どんな感じだろう? 美浜町の銘酒、早瀬浦を出してもらった。
セイコをちょびっと、お酒を一口、セイコをちょびっと、お酒を一口……。永遠に続けていたかった。
漁期はセイコガニが12月いっぱいで、残りわずか。雄のズワイガニは3月20日まで。(小田健司)
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル
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