宮崎駿監督が12年以上もの歳月をかけて取り組んだ漫画『風の谷のナウシカ』は、極上のエンターテインメントであると同時に、「人間、文明、自然」の関係を極限まで追究した作品だ。私自身、連載が始まった高校2年の時から56歳の今日に至るまで、数え切れないほど読み返し、「宮崎監督の最高傑作」との思いは揺るがない。
コロナ禍の現在にこそ、より多くの人々に手に取って欲しいと考え、今回の連載「コロナ下で読み解く『風の谷のナウシカ』」では、スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサー、民俗学者の赤坂憲雄さん、生物学者の福岡伸一さん、社会学者の大澤真幸さん、映像研究家の叶精二さん、漫画家の竹宮惠子さんに、『ナウシカ』の魅力を語ってもらった。
ただ、漫画版は映画版に比べて物語が複雑で、とっつきにくい面もある。「読み始めたが途中で挫折した」という経験のある方も少なくないだろう。そこで、漫画『ナウシカ』の豊饒(ほうじょう)な世界を存分に楽しんでいただくため、作品の背景やあらすじ、入りやすい読み方を簡単に紹介したい。参考にしていただければ幸いだ。
映画と異なる救世主像 宮崎監督の苦悩
漫画『風の谷のナウシカ』は1982年から94年まで足かけ13年、月刊誌「アニメージュ」に連載された。単行本全7巻の発行部数は1700万部を超える。84年に公開されたアニメーション映画の「原作」とされることが多い漫画版だが、映画とある程度の共通性があるのは単行本第2巻の半ばまで。宮崎駿監督(80)は映画版の完成後も映画「天空の城ラピュタ」「となりのトトロ」「魔女の宅急便」「紅の豚」制作の合間を縫って、漫画版の続きを懸命に描き続けた。
映画ではナウシカたちが暮らす「風の谷」に、トルメキア王国の王女・クシャナ率いる一部隊が侵攻するという「地域紛争」を描いたが、漫画ではトルメキアと、映画には登場しなかった「土鬼(ドルク)」という帝国が、血みどろの大戦争を繰り広げる。「風の谷」はトルメキアと同盟関係にあり、ナウシカもクシャナと共に戦争に赴かざるを得なくなる。「ナウシカとクシャナの対決」だった映画とはまったく異なる構図だ。
ナウシカは敵味方を問わず、少しでも多くの命を助けようとするが、「風の谷を救った救世主」だった映画とは異なり、大局にはほとんど影響を与えられない。クシャナも、父ヴ王や3人の兄たちから命を狙われ、部下の大半を失ってしまう。
そんな中、失われたはずの旧文明の技術で土鬼が作った生物兵器「粘菌」が暴走し、世界は滅びへの歩みを速めていく――。
連載中には東西冷戦の終結、バブル経済の破綻(はたん)など世界と日本の方向を変える出来事が続いた。宮崎さんに特に衝撃を与えたのは、ユーゴスラビアの内戦だったという。長年の争いの末、平和を築き上げたはずだったのに、国際情勢が変化するや、再び民族間での戦闘や虐殺が起きてしまった。
『ナウシカ』の作中でも「人間の愚かしさはとめる術(すべ)がない」「滅びは必然」などの言葉が繰り返される。ナウシカも「私たちは呪われた種族」と認める一方で、こうも叫ぶ。「私たちの風の神様は生きろといってる」「私生きるの好きよ」「光も空も人も蟲(むし)もわたし大好きだもの」。宮崎さんの苦悩と葛藤が伝わってくるかのようだ。
「ネタバレ」で理解深まることも
物語は、単行本第6巻の終盤あたりから、大きく動き始める。ナウシカは、土鬼軍が空輸していた巨神兵を攻撃して目覚めさせてしまうが、よみがえった巨神兵はこともあろうに、ナウシカのことを「ママ」と呼んで慕い始める。
土鬼の首都シュワには、滅び去った旧文明の「生命を操る技術」が今も保存され、粘菌などの生物兵器を生み出す源となった「シュワの墓所」があった。ナウシカは巨神兵を「オーマ」と名付け、シュワの墓所を破壊するためにオーマの力を使おうとする。ナウシカの危険な賭けは成功するのか。シュワの墓所には、いったい何が待ち受けているのか――。
スタジオジブリの鈴木さんは「連載中はずっとナウシカの見たこと聞いたことを中心に話が進んでいくので、全体像がなかなか分からなかった。それが最終巻の第7巻あたりから劇的に視点が変わって、ナウシカを俯瞰(ふかん)的、客観的に描くようになった。その変化が僕にとってはむちゃくちゃ面白かった」「庵野(秀明監督)が映画化したがったのも7巻」と話す。
やや乱暴な読み方だが、「漫画のナウシカを最初から読もうとしたが、途中で挫折してしまった」という方は、思い切って途中を飛ばし、まずは第7巻から読んでみてはいかがだろうか。
拡大する漫画『風の谷のナウシカ』第7巻書影
ナウシカとオーマ、そしてシュワの墓所の主が紡ぎ出す圧倒的なクライマックスに触れることで、物語全体への関心が高まり、第1巻からじっくりと読み直したくなることは、請け合いだ。
『ナウシカ』レベルの傑作になると、「ネタバレ」によって物語の楽しさが損なわれることはない。むしろ、物語の全体像や結末をある程度頭に入れてから作品に臨んだ方が、一つ一つの場面やセリフに込められた意味がより深く理解できるようになるはずだ。
「巣ごもり」の時間を活用してぜひ、漫画『風の谷のナウシカ』を味わい尽くしていただきたい。(太田啓之)
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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル