顔の傷に絶望、仮面で他人になった男 この苦悩わかるか

 事故で顔に傷を負った男の苦悩を描いた安部公房の『他人の顔』。今から35年ほど前、赤ペンで線を引きながらその小説を読みふけった一人の若者がいた。顔の右側には大きな赤アザ。その十数年後、容姿への偏見を「差別だ」と世に問い、外見に症状がある仲間たちとともに立ち上がるとは、本人でさえ想像していなかった。

仮面で顔隠し他人に

 人にとって顔とは何か。顔は内面、他人との関わりに影響を与えるのだろうか。

 そんな問いを突きつけるのが、1964年の安部公房の小説『他人の顔』だ。主人公の男の顔には、事故によって「蛭(ひる)」のようなケロイドが広がっている。男は「なんという醜悪さだ!」と嘆く。

 男は、顔を「容器に過ぎない」と自分に言い聞かせるが、他人の視線におびえ、夫婦の営みも絶たれたまま。すがったのが「仮面」だった。合成樹脂の仮面によって他人になりすまし、妻を誘惑し、失われた人間関係、そして自己を取り戻そうとする。

 病気や事故によって「ふつうの顔」にはない症状がある人たちは、私たちの周りにもいる。変形やアザ、マヒ、脱毛症と様々な症状がある。

 小説で男は仮面をかぶるまで、傷を隠すために顔を包帯で覆っていた。富山県の河除(かわよけ)静香さん(44)は動静脈奇形で手術を40回以上繰り返し、鼻や口元が変形している。外出時にはマスクを付ける。「顔を見られない安心感がある。外すのは怖い」。髪の毛を失った女性はかつら、アザはメイクで症状を隠すことが多い。

 髪の毛や肌が白いアルビノに生まれた神原由佳さん(26)も、かつては人間関係に悩むと「外見のせいかな……」と考えてしまうことがあった。「うまくいかないことを外見のせいにしてしまう主人公の気持ちはわかる」

 小説の最終盤。原爆によって顔にやけどを負ったと思われる女性が入水する物語が挿入される。1955年に米国で治療を受けた「原爆乙女」を思い起こさせる。

「あり得ないこと」を起こした

 生まれつき顔の右側に大きな赤アザがある石井政之さん(54)は20歳のころ、赤ペンで線を引きながら何度も『他人の顔』を読み返した。

 「私も当時、この苦しみは誰に…

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Source : 社会 – 朝日新聞デジタル

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