北朝鮮に拉致された田口八重子さん(拉致当時22)の兄で、北朝鮮による拉致被害者家族連絡会(家族会)前代表の飯塚繁雄さんが18日未明、埼玉県上尾市の病院で死去した。83歳だった。家族会が同日公表した。葬儀は家族葬とし、後日お別れの会を開く予定。
田口さんは1978年、子ども2人を残して姿を消した。飯塚さんは田口さんの長男で当時1歳4カ月だった耕一郎さん(44)を自分の子として育ててきた。
日本の警察当局は91年、大韓航空機爆破事件(87年)の実行犯、金賢姫(キムヒョンヒ)・元死刑囚に日本語を教えた「李恩恵(リウネ)」が田口さんの可能性が高い、と発表。北朝鮮は02年の日朝首脳会談で拉致を認め「田口さんは86年に交通事故で死亡」と説明した。だが、北朝鮮の説明に不自然な点も多く、飯塚さんらは田口さんの帰還を求めてきた。
飯塚さんは日朝首脳会談以降、家族会の活動に加わった。07年に横田めぐみさんの父・滋さん(昨年死去)から代表を引き継ぎ、各地の講演や集会のほか、米国や国連など海外でも拉致被害者の早期救出を訴えてきた。09年には耕一郎さんとともに、韓国で金元死刑囚と面会した。
10月に岸田文雄首相と面会した際は「我々が活動し始めてから数え切れないほど首相や拉致担当大臣が代わったが、まったく動きが見られなかったのが非常に残念」と述べ、記者会見で「体がいうことをきかなくてどうしようもない」と語った。11月にあった集会では「絶対にあきらめるわけにはいかない」と訴えた。
近年は体調を崩し、集会や記者会見での途中退席が多くなっていた。今月11日には体調不良を理由に代表を退いていた。
家族会事務局長の耕一郎さんは「田口八重子さんとの再会がかなわなかったことが無念であり、非情な結果となってしまった」とコメントした。
Source : 社会 – 朝日新聞デジタル